嘘つきな君
静かになった常務室を出て、隣の部屋にある自分のデスクに腰かける。
今日は何鍋にしようかなぁ~なんて、考えていると無意識に頬が緩んだ。
だけど、不意に疑問が浮かび上がる。
社長が常務を呼び出すなんて、珍しい。
いや、こうやって社長直々常務を呼び出すなんて初めてだ。
一体何なんだろう?
そこまで考えて、胸に小さな疑惑が浮かぶ。
まさか―――…?
いや、まさかね。
一気に浮かんだ不穏な考えに、胸の中があっという間に不安に満たされる。
もしかして、常務の結婚の話なんじゃないだろうか?
何か進展があったとか?
そう思った瞬間、そうだとしか思えなくなる。
だけど、それを誤魔化す様に慌てて頼まれていた会議資料をパソコンに打ち込む。
ううん。
悪い方向に考えるのは止めよう。
ここで、ウジウジ私が悩んでも仕方ない事。
今は仕事に集中しよう。
嫌な考えを薙ぎ払い、一心不乱にキーボードを打つ。
音一つしない部屋の中に、私のキーボードを打ちこむ音だけが聞こえる。
それでも、頭の中がグルグルと回って集中できない。
「――…もうっ!!」
徐々に不安が苛立ちへと変わって、誰もいない事をいい事に、思わずキーボードを思いっきり叩いた。
とてもじゃないけど、じっとなんてしていられなくて、足早に秘書室の扉を開けて外に出た。
すると。
「お疲れ様です」
扉を開けた瞬間聞こえた、声。
思わず肩が上がって、その場で飛び上がってしまった。
すると。
「失礼。また、驚かせてしまいましたね」
聞こえたのは、驚く私とは正反対の落ち着いた声。
いや、冷めた声。
僅かに目を見開いた私を見て、どこか楽しそうに切れ長の瞳を細めた。
「――柳瀬さん……」