嘘つきな君





「寒……」


吐く息の白さが増した。

ハァっと息を吹きかけて、凍えてしまいそうな手を温める。

チラリと時計に目を落とすと、もうすぐ日付が変わる時間だった。


――あの日から、一週間が経った。


事務所に帰ってくるはずの常務は、あれから帰ってこない。

社長に会いに行くと言ったまま、帰ってこない。

一週間も、帰ってこない。


きっと緊急の仕事が入ったんだ。

連絡が取れないほど、忙しい仕事が入ったんだ。


そう、自分に言い聞かせる。

モヤモヤと心の中にできた黒い雲を蹴散らす様に。

何度も何度も自分に言い聞かせる。


それでも、一向に心の闇は晴れてくれない。

あの人の言葉が、私に重く圧し掛かっている。


『彼はきっと、目を覚ますだろう』


まるで鉛を飲み込んだように、重い心と体。

油断すると今にも涙が出そうで、ぐっと唇を噛みしめた。


「まだかな……常務」


本当はこんな事したくない。

待ち伏せみたいな、こんな事。


見上げた先にあるのは。

目も眩む様な高さのある、高級マンション。

彼の、マンション。
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