嘘つきな君
冷たい冬の風が、身を切り裂く様に過ぎていく。

彼の真っ黒のコートが、風になびいて揺れる。


息の仕方を忘れてしまった。

それでも、必死になって口を開く。


「嘘……だよね」

「どうして嘘つく必要がある」

「誰かに言わされてるんでしょう?」

「お前が一番よく知ってるだろ。俺はこういう男だって」

「――」

「最低な男だって」


自嘲気に笑った彼の顔を見つめる。

最低な男だって、確かに初めは思っていた。

だけど、違った。

本当は誰よりも優しくて、繊細で――。


「もう、ここには来るな」


私が再び口を開こうとした瞬間、封じ込めるように彼が言葉を発した。

そして、冷たい視線を私に投げてから、颯爽と私の横を通り過ぎていった。


微かに香るのは、ジャスミンの香り。

涙が出るほど、大好きな香り。


「待ってっ!!」


涙が散る中、エントランスに足を踏み入れようとした彼を呼び止める。

すると、こっちを振り向かないまま、彼は足を止めた。


「突然そんな事言われて、理解なんてできない!! 説明して!」

「説明するもなにも、今の俺の言葉が答えだ」


涙が頬を伝う。

必死に繋ぎ止めようと、心が叫ぶ。

全部嘘だって、心が叫ぶ。

だけど、彼のすべてが私を拒否している。

まるで、邪魔だとばかりに。


「だったら……全部嘘だったの?」

「――」

「一緒に過ごした時間は、嘘だったの?」

「――」

「私に言ってくれた言葉も……全部嘘なの? ただの暇潰しだったっていうの!?」


一緒に笑い合った事も。

一緒に泣いた事も。

抱き合った事も。

好きだと言った言葉も。

なにもかも、全部嘘だったの――?


心臓の音が耳元で鳴る。

ぎゅっと握りしめた手の平に、爪が食い込む。


互いに少しも動かずに、口を閉ざす。

振り返らない広い背中を、じっと見つめる。

そして。


「あぁ」


聞こえたのは、そんな声。

その瞬間、思い出が一気に色を無くす。

そして、彼は一度も振り返らずにマンションの中へ消えて行った。



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