嘘つきな君






「――はい」


湯気が立つマグカップを置いて、仁美は私の向いに腰を下ろした。

小さくお礼の言葉を言って、冷えた手をそれで温める。


久しぶりに来た、仁美の部屋。

相変わらず雑誌だったり、仕事用の荷物が積み上げられている。

それらを何気なく見つめていると、ふと目につくものがあった。


『日本の未来を背負う、若きサラブレッド達』


週刊誌か何かは分からないけど、何かの原稿。

そして、その見出しの下には。


「神谷……大輔」


彼の名前があった。

ポツリと呟いた私の声を拾って、仁美の視線も雑誌の方に向けられる。


「あぁ、それ? つい先日特集が組まれたのよ」

「――…そう」

「今日の悩みの種は、ちなみに彼?」


茫然と雑誌を見つめる私に問いかけられる質問。

その言葉を聞いて、ようやく視線を仁美の方に向けた。


なんだろう。

体がフワフワする。

まるで、ここが現実じゃないみたい。

だから、何も考えずに落ちた言葉に意味はない。


「恋ってさ……こんなに、あっけなく終わるんだね」


自嘲気に笑って零した言葉に、仁美が微かに目を見開く。

その表情を見てから、再び瞳を伏せた。


頭がぼーっとする。

何もかも突然すぎて、頭がついていかない。

涙も、出ない。


「捨てられちゃった、私。何もかも、嘘だったんだって」


手に持ったままのマグカップの柄を見つめながら、そう口にする。

どこか他人事のように。

すると、目の前に座っていた仁美が瞳を揺らして顔を強張らせた。


「え、待って……意味が分からない」

「へへっ……私も分かんない」


バカみたいに笑う私を、茫然と見つめる仁美。

だって、本当。

私も、意味が分からない。

未だに、何一つ、分からない。

どうして、そうなったのか。

どうして、変わってしまったのか。


だけど、ただ一つだけ分かる事がある。

それは、彼はもう私の隣にはいないって事――。
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