嘘つきな君
◇
「――はい」
湯気が立つマグカップを置いて、仁美は私の向いに腰を下ろした。
小さくお礼の言葉を言って、冷えた手をそれで温める。
久しぶりに来た、仁美の部屋。
相変わらず雑誌だったり、仕事用の荷物が積み上げられている。
それらを何気なく見つめていると、ふと目につくものがあった。
『日本の未来を背負う、若きサラブレッド達』
週刊誌か何かは分からないけど、何かの原稿。
そして、その見出しの下には。
「神谷……大輔」
彼の名前があった。
ポツリと呟いた私の声を拾って、仁美の視線も雑誌の方に向けられる。
「あぁ、それ? つい先日特集が組まれたのよ」
「――…そう」
「今日の悩みの種は、ちなみに彼?」
茫然と雑誌を見つめる私に問いかけられる質問。
その言葉を聞いて、ようやく視線を仁美の方に向けた。
なんだろう。
体がフワフワする。
まるで、ここが現実じゃないみたい。
だから、何も考えずに落ちた言葉に意味はない。
「恋ってさ……こんなに、あっけなく終わるんだね」
自嘲気に笑って零した言葉に、仁美が微かに目を見開く。
その表情を見てから、再び瞳を伏せた。
頭がぼーっとする。
何もかも突然すぎて、頭がついていかない。
涙も、出ない。
「捨てられちゃった、私。何もかも、嘘だったんだって」
手に持ったままのマグカップの柄を見つめながら、そう口にする。
どこか他人事のように。
すると、目の前に座っていた仁美が瞳を揺らして顔を強張らせた。
「え、待って……意味が分からない」
「へへっ……私も分かんない」
バカみたいに笑う私を、茫然と見つめる仁美。
だって、本当。
私も、意味が分からない。
未だに、何一つ、分からない。
どうして、そうなったのか。
どうして、変わってしまったのか。
だけど、ただ一つだけ分かる事がある。
それは、彼はもう私の隣にはいないって事――。