嘘つきな君
◇
「はぁ……」
初めて、こんなにも仕事に行きたくないと思った。
足がまるで鉛の様に重い。
見上げた先に見慣れたビルがあるのに、なかなか足が前に出ない。
「どんな顔すればいいんだろ」
鏡を覗き込めば、目がパンパンに腫れている。
泣き明かした事は、一目瞭然。
今日は会社休めば? という仁美の提案も断った。
日をあければあけるほど、行きにくくなると思うから。
「さすがに、そろそろ行かなきゃ」
時計に目を落とせば、もうすぐ就業時間。
わずかな抵抗の眼鏡をかけて、重たい足を前に出す。
すると。
「おはようございます」
不意に聞こえたのは、どこか高揚のない声。
もう、振り返らなくても誰だか分かる。
「何の用でしょう」
「今日は虫の居所が悪いご様子だ」
吐き捨てる様に言った私の目の前に現れたのは、相変わらずどこか冷めた瞳の持ち主。
泣き腫らした私の目を見て、面白そうに瞳を細めた。
「あなたの会社はここではないでしょう? 柳瀬さん」
鷹の様に鋭い瞳の持ち主。
園部桃香さんの、秘書。
睨みつけるようにして立つ私に目もくれず、彼は一歩、また一歩と私に近づいた。
そして、目の前までやってきて、軽薄な唇を持ち上げた。
「本日はお礼を言いに参りました」
「お礼? 笑いに来たの間違いでは?」
「いいえ。先日の私の忠告を聞きいれて頂いたお礼です」
睨みつける様な私の視線に少しも怯むことなく、その完璧な姿勢を一切崩さずに、そう言った柳瀬さん。
余裕なその表情と言葉に、ピクリと眉が持ち上がる。
互いに何も言わずに見つめ合う。
互いの心を読み取る様に、じっと。