嘘つきな君






「はぁ……」


初めて、こんなにも仕事に行きたくないと思った。

足がまるで鉛の様に重い。

見上げた先に見慣れたビルがあるのに、なかなか足が前に出ない。


「どんな顔すればいいんだろ」


鏡を覗き込めば、目がパンパンに腫れている。

泣き明かした事は、一目瞭然。


今日は会社休めば? という仁美の提案も断った。

日をあければあけるほど、行きにくくなると思うから。


「さすがに、そろそろ行かなきゃ」


時計に目を落とせば、もうすぐ就業時間。

わずかな抵抗の眼鏡をかけて、重たい足を前に出す。

すると。


「おはようございます」


不意に聞こえたのは、どこか高揚のない声。

もう、振り返らなくても誰だか分かる。


「何の用でしょう」

「今日は虫の居所が悪いご様子だ」


吐き捨てる様に言った私の目の前に現れたのは、相変わらずどこか冷めた瞳の持ち主。

泣き腫らした私の目を見て、面白そうに瞳を細めた。


「あなたの会社はここではないでしょう? 柳瀬さん」


鷹の様に鋭い瞳の持ち主。

園部桃香さんの、秘書。


睨みつけるようにして立つ私に目もくれず、彼は一歩、また一歩と私に近づいた。

そして、目の前までやってきて、軽薄な唇を持ち上げた。


「本日はお礼を言いに参りました」

「お礼? 笑いに来たの間違いでは?」

「いいえ。先日の私の忠告を聞きいれて頂いたお礼です」


睨みつける様な私の視線に少しも怯むことなく、その完璧な姿勢を一切崩さずに、そう言った柳瀬さん。

余裕なその表情と言葉に、ピクリと眉が持ち上がる。


互いに何も言わずに見つめ合う。

互いの心を読み取る様に、じっと。
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