嘘つきな君
呆然と立ち尽くす私を一瞥した後、踵を返した柳瀬さん。

皺一つないスーツが、風に乗って揺れる。

それでも、不意に視線だけ振り返って、じっとその瞳で私を見つめた。


「私は自分の信じた道を行きます。間違っていると判断するのは、私です。あなたじゃない」


最後にそう言った柳瀬さんの言葉は、どこか熱を持って届く。

その言葉を聞いて、彼の中に自分と同じ気持ちを見つけた。

真っ赤に染まる、気持ちを。


好きなのね。

恋焦がれているのね。

やっぱり、彼は彼女の事を愛している。

きっと、誰よりも。


「……ちゃんと伝えなきゃ、好きって気持ちが可哀想よ」


でも、私も柳瀬さんも同じ。

もう、その気持ちを伝える事すら許されない。

想う事すら、許されない。


頬を無意識に涙が伝う。

行き場のない想いが、胸を詰まらせる。

切なすぎると、心が泣く。


「バカね。私も、柳瀬さんも」


叶わない恋なんて、するもんじゃない。

でも、恋は理屈じゃない。

分かっていても、惹かれてしまう。

気が付いたら、堕ちている。


忘れられたら、どんなにいいか。

涙が枯れたら、どんなにいいか。

だけど、心の奥に住みつた彼を忘れるなんて出来ない。


あまりにも苦しくなって、逃げるように空を見上げた。

見上げた先に見えたのは、銀色の曇り空。

その景色を見て、思い出が蘇る。


『私は好きですよ、冬。――なんだかロマンチックじゃないですか』


いつか言った自分の言葉を思いだす。

幸せだった、日々を。


だけど、そこで気づく。

同じ世界にいるはずなのに、こんなにも世界が違って見えるわけに。


あぁ、そうか。

世界が綺麗だと思えたのは、あなたが隣にいてくれたから。

隣で笑っていてくれたから。


側にいてくれるだけで、世界はあんなにも輝いたのに。

いなくなった瞬間、世界は色を失う。

まるで、空っぽのように――。


「こんなに寂しい色してたんだ」


目の前に広がっているのは、寂しい銀の世界。

キラキラと輝くのは、私の涙だけだった――。
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