嘘つきな君
分かれ道
「お先に失礼します」
カタカタとパソコンのキーを打つ音が響く部屋に、小さく呟く。
お疲れ―。と声がかかる中、小さく会釈しながら秘書室を後にした。
無意識にチラリと常務室に視線を向けたけど、相変わらず暗いままだ。
――常務はまだ、帰ってきていない。
アメリカへ行ってから、一週間が過ぎた。
あの雪が降った日から、一週間も。
「お疲れ様でした」
フロントの子にニッコリ笑って会社を後にする。
外はもう冬の気配を間近に感じて、寒さから逃げるように首に巻いていたマフラーに深く顔を埋めた。
すっかり日が短くなった。
辺りはすっかり暗闇に包まれて、吐く息の白さをより一層際立出せた。
相変わらず、世界は色のない銀色に包まれている。
「寒っ」
ブルッと身震いしながら、足早に駅に向かう。
そんな時、不意に目に入る人影。
前に出した足が、思わず止まる。
どうして? と思いながら、私をじっと見つめるその人を見つめ返す。
駆け寄ろうと思ったのに、どうしてか足が前に出ない。
「お疲れ」
そんな立ち止まって目を見開いている私に、ニッコリと向けられる笑顔。
久しぶりに見る、姿。
その姿に、何故か胸が痛んだ。
「……先輩」
ようやく落ちた声は、酷く小さなものだった。
そこにいたのは、まるで私が出てくるのを待っていたかのように佇む、菅野先輩だった。