嘘つきな君
それから適当に頼んだものをビールを飲みながら、つまんでいく。

その間、絶える事なく楽しい会話をしてくれる菅野先輩。

職場であった失敗談や、大学の時の思い出話。

菅野先輩にかかれば、どんな小さな出来事も宝石のように輝いていく。

ケラケラと笑う私の笑い声が小さな部屋に零れた。


それでも、なんでもない会話の途切れ。

お互いビールを喉に流した時、笑顔を浮かべながらゆっくりと口を開いた。


「私、大丈夫ですよ。先輩」


零れた言葉は、しっかりしていたと思う。

ゆっくりと視線を持ち上げると、真っ直ぐに私を見つめる先輩がいた。

その姿に、ニッコリと深く笑う。

心配かけないように。


「もう、吹っ切れてますから。それに、初めからこうなる事は決まっていたんです。だから――」

「だから平気って?」


早口に言葉を紡いだ私の声を遮る、声。

真剣なその声に、思わず口ごもる。


「仁美から聞いた。別れたって」

「――はい」

「俺はアイツらしくないと思ってる」

「らしくない?」

「嘘で誰かと付き合える程、器用じゃない」

「――」

「それに少なくとも、俺にはアイツがお前の事本気で好きだったように思う」


先輩のその言葉に、ふっと笑う。

そして、視線を下げて窓の外に徐に視線を投げた。


眼下に見えるのは、眩しいほどの夜景。

思い出すのは、彼と一緒に毛布に包まって見た、あの景色。

ううん。あの日の夜景だけじゃない。

いつも彼といる時は、視界の向こうには夜景が見えた。


その中で私を見つめるのは、黒目がちな瞳。

聞こえるのは、独特のハスキーボイス。

目を閉じるだけで、こんなにも鮮明に思い出す。

苦しいくらいに。


瞳を歪めた私を見て、先輩が飲んでいたビールをテーブルに置く。

そして、少し前のめりになって口を開いた。


「きっと、誰かに弱みを握られたか、お前を守ろうと――」

「もういいんです」


それでも、必死に何かを伝えようとする先輩の言葉を遮る。

そして、言葉を切った先輩にニッコリと微笑んだ。


「もう、いいんです」

「いいって……」

「決めたんです。忘れるって」


そう。

決めたの。

一緒に過ごした日々は夢だったって、決めたの。


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