嘘つきな君
先輩のその言葉を耳でそっと受け止める。

それでも、私にはもう返す言葉なんてない。

彼が選んだ道を引き返さないように、私も選んだ道を引き返さない。


「今日は本当にご馳走様でした、先輩」


先程の先輩の言葉に答える事なく、ゆっくりと立ち上がる。

すると、欲しかった言葉じゃなかったのか、先輩は微かに瞳を歪めた。


「とっても美味しかったです。また今度、ゆっくり飲みましょう。今度は仁美も誘って」

「菜緒――」

「明日も仕事なので、もう帰りますね」


だけど、お願いだから優しくしないで。

心を弱くしないで。

思い出させないで。

今度崩れたら、きっともう立ち上がれない。


「今度は私に奢らせて下さいね」


私がつけた嘘の仮面を見破らないで。

嘘を見抜かないで。

強がりを、打ち砕かないで。

これが、1人で生きていく為に必要なものだから。

例えそれが間違っていると思われようとも、私は――。


「おやすみなさい、先輩」


笑った笑顔が本当の笑顔なんかじゃないって。

笑えてないなんて、そんなの私が一番よく分かってる。

だけど、笑っていなきゃ泣いてしまうの。


何か言おうと口を開きかけた先輩を振り切って、席を離れる。

ふかふかのカーペットに足を取られないように、下を向く。

決して、窓の外の景色を見ない様に。


大丈夫。

私は一人でも生きていけるんだ。

思い出だけ胸にしまって、歩いていけるんだ。

泣かないで、前を向けるんだ。


大丈夫。

私は、強い。


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