嘘つきな君
それでも、私の声はちゃんと彼女には届いていたみたいで、目を見張った彼女が私の方を向いていた。

本当は言うつもりなんてなかった。

それでも、彼女が私を羨ましいなんて言うから。


その美貌と、財力。

そして、約束された幸せな未来。

彼の隣に立つ事を許された、唯一の人。

あぁ、もう何もかも敵わない。


本当は、嫌味の一つでも言ってやりたかった。

それでも、そんなに悲しそうに私を見るから、言いたかった言葉も消えていく。


彼女が彼の事を幸せにできる、人。

私ではなくて、これから彼女が彼の隣に立つ、人。


『いい人だったらいいな』

いつか仁美に言った自分の言葉を思い出す。

私は彼女の事を深くは知らない。

だけど、この人なら大丈夫な気がする。

ううん、そう思いたい――。


目を見張ったまま固まる彼女に、ニッコリと笑う。

そして、花束を手にゆっくりと立ち上がった。


「お幸せに。園部桃香さん」


きっと、もう会う事はない。

いや……もともと、こんな簡単に会える人じゃなかった。

彼女も彼と同じ、雲の上の人だから。


私が彼の秘書として近くにいたから。

会えるはずもない人と、これまで会う事ができた。

でも、彼の側を離れた今、そう簡単に会える人じゃない。


「――あなたが、もっと嫌な人だったらよかったのに」


背を向けた途端、彼女の呟いた声が聞こえた。

その声を聞いて、思わずふっと笑みが零れる。

私も――と、思って。


あなたがもっと嫌な人だったら、もっと抗っていたのかもしれない。

だけど、あなたは絵に描いた様に素敵な人で、彼の事を好いてくれている。

きっと、大事にしてくれる。

これは、初めに私が望んだ事。

いつか手放さなければいけないのならば、彼と一緒になる人がいい人ならいいって。

どうせ一緒になれないならば、そういう人を、と。

彼が幸せになれる人を、と。
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