嘘つきな君


まるで水を打ったように、静まり返った事務所の中。

その中心で、まるで小さな子供達を叱った後の様に鼻から息を大きく吐いて仁王立ちする部長。

そして。


「――…あぁ、いらっしゃったようだ。どうぞ、お入りください」


その声を聞いた瞬間、一斉にみんなの視線が入口に注がれる。

視線の先には、真っ黒な影が入口のすりガラスに映っていた。

その瞬間、社員達が身なりと姿勢を整えて、息を詰めた。

私も同じ様に、姿勢を正して食い入る様に扉に視線を向ける。


この会社を救ってくれたヒーローだ。

それも、あの神谷ホールディングスの常務って事は超重役じゃない。

世界を股にかける大企業の重役に会えるなんて、こんな貴重な経験滅多にできないや。


乱れた髪をさっと整えて、背筋を伸ばす。

期待を胸にじっと、その扉の向こうを見つめる。

ノックの音が聞こえて、部長が入るように促す。

すると同時に、ゆっくりと扉が開いた。


――だけど。

入ってきたその人の姿を見て、一気に地獄に突き落とされた。


「本日より、株式会社シャルルを取り仕切らせていただきます、神谷ホールディングス常務の、神谷大輔と申します」


私達の前に立って、嘘くさい笑みを張り付けて爽やかにそう言った1人の男性。

恐ろしいくらい細身のスーツが似合っていて、どこかのモデルのようだ。


だけど、私が思っているのはそこじゃない。

そんな容姿の事なんて、どうだっていい。


だって、ありえないでしょ。

こんな事、ありえるはずがない。

だって、だって、あんたは――…。



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