嘘つきな君
驚きすぎると、人って言葉が出ないって初めて知った。
そんな私と違い、余裕の表情でスーツの襟を直す彼。
その姿は、いつか見た彼と同じ様で同じじゃない。
少しのシワもない上質なスーツを纏った彼は、間違いなく超一流企業の常務。
そのオーラさえも、雲の上の人に感じる。
以前会った時とは違い、どこか凛とした空気が彼の周りには流れている。
それでも、私を見つめる黒目がちな瞳は変わらず。あの日のままだ。
聞きたい事がありすぎて、言葉がぐちゃぐちゃになる。
何から聞いたらいいか分からない。
それでも。
「……知って?」
ようやく出た言葉は、なんとも短絡的なものだった。
言葉足らずだったけど、これが精一杯だった。
知って、いたの?
私の会社がこうなる事を、あの日から知っていたの?
私の質問を聞いても尚、その表情を崩す事なく私を見つめる、その瞳。
それでも、突然ふっと息の下で笑った彼が口を開いた。
「知っていた」
そう言って、意地悪そうに口端を上げて笑った彼。
その言葉を聞いて、やっぱりこの男、最強に意地が悪いと再確認する。
私がここい勤めている事を知っているなら、教えてくれてもいいじゃない。
確かにトップシークレットだったかもしれないけど、自分だけ知っていて、アタフタする私を見て笑っていたって事でしょ?
本当に、悪魔みたいな男!
でも――…と我に返る。
経緯はどうであれ、今目の前にいるのは、あの神谷ホールディングスの常務。
私の上司に当たる人……。
我に返った瞬間、その姿に向かって一気に笑顔を作る。
に~っこり、と笑って、無害です、と主張する。
きっと、引きつっているだろうけど。