嘘つきな君

驚きすぎると、人って言葉が出ないって初めて知った。

そんな私と違い、余裕の表情でスーツの襟を直す彼。


その姿は、いつか見た彼と同じ様で同じじゃない。

少しのシワもない上質なスーツを纏った彼は、間違いなく超一流企業の常務。

そのオーラさえも、雲の上の人に感じる。

以前会った時とは違い、どこか凛とした空気が彼の周りには流れている。

それでも、私を見つめる黒目がちな瞳は変わらず。あの日のままだ。


聞きたい事がありすぎて、言葉がぐちゃぐちゃになる。

何から聞いたらいいか分からない。

それでも。


「……知って?」


ようやく出た言葉は、なんとも短絡的なものだった。

言葉足らずだったけど、これが精一杯だった。


知って、いたの?

私の会社がこうなる事を、あの日から知っていたの?


私の質問を聞いても尚、その表情を崩す事なく私を見つめる、その瞳。

それでも、突然ふっと息の下で笑った彼が口を開いた。


「知っていた」


そう言って、意地悪そうに口端を上げて笑った彼。

その言葉を聞いて、やっぱりこの男、最強に意地が悪いと再確認する。

私がここい勤めている事を知っているなら、教えてくれてもいいじゃない。

確かにトップシークレットだったかもしれないけど、自分だけ知っていて、アタフタする私を見て笑っていたって事でしょ?

本当に、悪魔みたいな男!


でも――…と我に返る。

経緯はどうであれ、今目の前にいるのは、あの神谷ホールディングスの常務。

私の上司に当たる人……。


我に返った瞬間、その姿に向かって一気に笑顔を作る。

に~っこり、と笑って、無害です、と主張する。

きっと、引きつっているだろうけど。
< 48 / 379 >

この作品をシェア

pagetop