嘘つきな君


「――・・・まぁいい」


私の目を見たまま、ふっと笑った彼が、そっと私から離れてそう呟く。

極度の緊張から解放された体が、一度フラリと揺れた。


「今日は、しっかりと見せてもらおうか。あんたの仕事ぶりを」


そう言って、丁度開いた扉から颯爽と出て行った神谷常務。

その、あまりの余裕っぷりに腹が立って、その背中を思いっきり睨みつける。

それでも、慌てて頭を仕事モードに切り替えて、覚束ない足取りでエレベーターを降りた。

すると。


「早く来い。おいていくぞ。ノロマ」


フラフラする私を視線だけで捉えて、私にだけ聞こえる様に素っ気無くそう言った神谷常務。

その姿は、『神谷常務』ではなく、意地悪で悪魔みたいな『神谷さん』だった。


相変らず、バクバクと早鐘を打つ心臓。

それでも、無意識に上がる自分の頬に悔しさが募った。


「足早すぎですって!」







「どうでした? 私の仕事ぶりは」

「ドヤ顏で言うと、台無しだぞ」


運ばれてきた紅茶を飲みながら、サラリとそう言う常務。

その瞬間、言い返す言葉が見つからなくて悔しくなる。


結局あの後CM撮影と、打合せを2本終え、そのまま近くのカフェで一息ついていた私達。

顔なじみのスタッフ達に常務を紹介する度に、羨ましいと愚痴られた。

それが何だか嬉しく感じたのは、何故だか分からない。

< 62 / 379 >

この作品をシェア

pagetop