嘘つきな君
「まだ着かない。もう少し寝てろ」
仕事モードに入っているのか、素っ気なくそう言って再び資料に目を移した常務。
その横顔を見ながら、私も慌てて頭を仕事モードに切り替える。
いやいや!
そんなわけにはいかないでしょ!
上司が仕事をしているのに、部下の私だけ寝ているなんて、そんな。
そう思って、急いで身なりを整えようとした、その時。
「ん?」
さっきまで膝になかったものに、今更ながら気づく。
そこには、真っ黒なスーツが丁寧に私の膝の上にかけてあった。
そこから香るのは、あのジャスミンの香り。
もしかして、かけてくれたの――?
「あの、常務……これ」
オズオズとそれを持ち上げて、彼を見つめる。
すると、視線だけこっちに向けた常務が再び素っ気無く言葉を落とした。
「あぁ。着くまでかけてろ」
「でも……」
「俺は暑がりなんだ」
どこか高揚のない声でそう言って、すぐに視線は再び資料に向けられた。
その姿を、これ以上何も言えずに見つめる。