朝、目が覚めたらそばにいて
そう聞かれたら話すことは山ほどある。
常日頃から思っている登場人物が自分好みなこと、ストーリーのリアリティが自分の身近なところでもありそうで感情移入できること、切なく甘酸っぱい要素が多く含まれていること…

「あ…すみません」

好きなことを話しすると夢中になる癖が出てしまった。
佐々木さんは時折メモを取りながら興味深そうに私の話を聞いている。
正太郎さんも少し驚いた顔をしていたが、話を中断することなく静かに聞いていた。
さっき舌打ちをした正太郎さんの態度からして夢中になって話をしている私を呆れているのかと思ったが、それとも少し違う表情をしていた。


「続けて」と言う佐々木さんに「いえいえ、喋りすぎました」と口をつぐんだ。

「そう。もっと聞きたかったわ、残念」

無理には続きを聞き出そうとはせず、腕時計をチラッと見る。

「じゃ、正太郎くん帰りは山下さんに何かご馳走してあげて。気をつけて帰ってね」

突拍子もない事を言われ「ああっ?」と思い切り不機嫌な声を出した正太郎さんとは逆に私は驚いて声が出せなかった。
そんな私達に構わず佐々木さんはスマホとタブレットを手に取ると立ち上がり、ミーティングブースを出て行こうとする。

「おい!」

正太郎さんが止めると立ち止まった佐々木さんは正太郎さんにでは無く私に


「あ、そうだ、山下さんの連絡先教えて欲しい」

と言うものだから慌てる。

「あ、はい」

忙しそうな佐々木さんを待たせてはいけないとスマホをバッグから取り出そうとするとテーブルに思い切り手をぶつける。

「イタっ!」

「大丈夫?慌てなくていいわよ、正太郎くんに教えておいて」

にこやかにわらってその場を去って行った。
正太郎さんが残され、私は急に居心地が悪くなる。
正太郎さんに連絡先を教えなくてはいけないのに、彼はまったく聞くような素ぶりがない。

「あの、連絡先を」

メモ帳を取り出して自分の番号を書こうとした時

「行くぞ」

テーブルのライターを引っ手繰るように取って席を立つ。


「え?どこに?」

「飯、食うんだろ」

「あ、はい」

勢いに流され自分の気持ちを整理する前に、正太郎さんの背中を追って出版社を後にした。

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