朝、目が覚めたらそばにいて
「病欠だよ、体調が悪かったの」
課長にもそう言ってあるから、たぶん、それで通るだろう。
「嘘つくな」
登坂くんに嘘を見破られてバツが悪くなる。
「いいじゃん、別に」
まるで子供みたいな対応だ。情けないけど、もうあの日のことは蒸し返したくない。
思い出すだけで胸が痛くて、泣きそうなのに。
「話がないなら帰るよ、沙也加の相談じゃないの?」
「はぁ?なんで川原が出てくるんだよ」
「だって登坂くんは、」
「だから、物事を勝手に決めつけるな。お前自身、ちゃんと現実を見ろ」
「現実、現実って。現実の恋をしろって言われたって、どうしたらいいのよ、だって正太郎さんには恋人がいたんだよ」
登坂くんは驚いた顔をして動きを止めている。
何言ってんの私。
こんなところで言うことじゃない。
少し大きな声で話していたからか、登坂くんの同僚の女性もこちらを見ていた。
「ごめん、今日は相談に乗れる気分じゃないの。帰る」
「えっ?おい!」
脱いだばかりのコートを羽織って足早に店の出口に向かう。
登坂くんはガタッと音を立ててカウンターから立ち上がったのが見えたが、私を追ってくることはなかった。
勢いで店を飛び出してきてしまったけれど、後味が悪い。
現実の恋を見つけたと思ったら正太郎さんには佐々木さんがいた。
登坂くんに現実を見ろと言われて、始まってもいない恋が終わる事実を突きつけられたようで癪に触った。
完全に八つ当たりだ。
登坂くんだって心配してくれていたのに。
正太郎さんとタクシーに乗っている時、電話をくれたのに出なかったし、そのあともLINEに返事すらしていない。
自分のことしか考えていない私にほとほと嫌気がさした。
「私、全然ダメじゃん」
自己嫌悪でさらに気分が落ちて行った。