初恋の人
紳太郎さんを呼びに行った看護師が、パタパタと走って戻って来ました。

「奥様!紳太郎先生、お出になりません!」

看護師の一言に、夫は手術道具を投げてしまいました。

「何やってるんだ!こんな時に!」

「私が直接呼んで来ます!」

興奮した夫を見て、私は家に向かって走り出しました。


困っている夫を助けたい。

それもありました。

けれど、紳太郎さんなら力になってくれる。

そんな希望が体中を巡っていました。


急いで家に着くと、居間やお風呂場辺りを探しました。

「いない。」

部屋なんだろうか。

私はそう思うだけで、胸がドキドキしてきました。

彼の部屋……

そこは、誰にも見せる事のない、紳太郎さんだけの世界のような気がして、そこを覗く事に胸が躍っていたのかもしれません。


「奥様?」

ハッとして、後ろを振り返ると、そこにはこの家の使用人の、深雪さんが立っていました。

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