初恋の人
「いいや。俺も知らない事を、親父は小さい紳太郎に教えていたよ。」

前の院長が?

私がふと紳太郎さんの方を見ると、一瞬だけ彼と目が合った気がしました。

私達に気づいた紳太郎さんは、椅子から立ち上がると、廊下にいる私達に近づいて来ました。

「兄さん。林さんの発作は、治まったようです。」

「ああ。ご苦労だった。」

看護婦が病室を出て、私達3人だけになると、夫は廊下にある椅子に、腰を降ろしました。

「すまなかったな、紳太郎。どこか出かける途中だったんじゃないか?」

「すまないだなんて。僕の方こそ、兄さんが宿直の時、何かあれば僕が駆け付けなければならないのに。自覚が足りませんでした。」

「いいんだ。おまえは、こうして来てくれたじゃないか。」

夫はそう言うと、『もう帰って休め。』と、紳太郎さんの肩を叩きました。

『はい。』と返事をして、病室を出て行った紳太郎さん。

その時、その背中を追いかけてみようと思ったんです。


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