初恋の人
私はそう言うと、スルッと紳太郎さんの腕の中から逃げました。

「おやすみなさい、紳太郎さん。」

そう言って、私は急いで部屋の外に出ました。


これ以上捕まったら、私はどうなるか分からない。

そんな思いで。

しばらく走って、私は部屋の戸の隙間から、中にいる紳太郎さんの姿を見ました。

紳太郎さんは、私を抱きしめた腕をじっと見つめていました。


なぜ、追いかけて来てくれないのだろう。

そんな事を思って、ハッとしました。

もう否定しようも否定しようがない。

私は紳太郎さんに、恋をしているのかもしれない。


私はその場に、崩れ落ちました。

人妻でありながら、妻がいる人に恋をするなんて。

しかも紳太郎さんのように、女に不自由しない人に?

我ながら笑ってしまいました。


先程別れたばかりなのに、もう会いたくてたまらない。

そんな気持ちになったのは、初めてでした。

夫にも感じた事のない気持ち。

私は襖に額を付け、人知れず涙を溢しました。
< 40 / 80 >

この作品をシェア

pagetop