初恋の人
それからの私は、なるべく紳太郎さんに会わないようにしていました。

会えば、また会いたくなる。

夫を、詩野さんを、裏切る事になる。

それだけは避けたいと、思っていたんです。


「なあ、綾女。」

ふと夫に話しかけられ、ハッとしました。

「いつまで、髪を梳いている?早くおいで。」

夫の手が、私の腕を掴みました。

その時、紳太郎さんに腕を掴まれたあの日を思い出して、私は思わず夫の手を払いのけてしまいました。

「綾女?」

「あっ……」

目の前にいるのは夫だと分かって、私は首を横に振りました。

「申し訳ありません。」

「いや、いいんだ。」

そう言って夫は、布団の中に入ってしまいました。


こんな時、『どうした?』と抱きしめてくれたら、どんなによかった事か。

紳太郎さんに惹かれて行く気持ちを、夫に連れ戻してほしいと、心の中で思っていたんです。

でもそれは身勝手な事。


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