初恋の人
すると奥の方から詩野さんを呼ぶ声がしました。

「もういいよ、詩野。」

詩野さんは紳太郎さんに軽く会釈をして、奥の方へ行ってしまいました。


残った紳太郎さんは、私を見つめていました。

「このカフス、綾女さんを抱いた時に、外れたんだな。」

私が渡したカフスを、シャツに着け、紳太郎さんは『では。』と言って、出て行きました。


何もかも、元通りに戻るはずでした。

紳太郎さんが、私を見つめて、あんな事を言わなければ。


『詩野とは、そういう事はないですから。』


その言葉が、私の心に残りました。

夫の弟なのに、詩野さんという妻がいるのに。

罪悪感と優越感。

その時の私の心は、その二つの感情で、満たされていました。
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