初恋の人
「たまには、昔に戻ってみるか?」

「えっ?」

「こうやって……」

急に夫が、後ろから私を抱きしめてくれました。

「人気のない病院の中、抱きしめあっていたよな。」

「そうね。」

私は微笑んでいましたけれど、もう夫に、胸がドキドキする事もなくなっていました。

夫婦としての時間が長くなれば、そう言うのも当たり前なのでしょう。

もしかしたら、紳太郎さんに求めていたのは、そう言った高揚感なのかもしれない。

私は、女としての自分の身勝手さを、感じました。


「綾女。」

「あっ……」

私はそのまま、夫に押し倒されて、洗濯物が布団の上に、散らばりました。

「今夜は、綾女が欲しくてたまらない。」

夫はそう言って、首筋に自分の唇を付けました。


私には、夫がいる。

私を大切にしてくれる、夫がいる。

このまま、紳太郎さんの事は忘れよう。


忘れられる、はずでした。

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