初恋の人
「いいえ。」

「だってその時期は、夜勤が続いていて、俺はろくに家に帰れなかったじゃないか。」

「はい……」

堪えても堪えても、溢れ出す涙を見て、夫は悟ったのだと思います。


お腹の子供が、自分の子ではない事を。


「嘘だ!」

「申し訳ありません!」

「嘘だ!!」

夫は立ち上がると、庭に続く襖を開けました。

自分を裏切った妻と、この狭い部屋で一人きりだなんて、外の空気でも吸わなければ、耐えられなかったのでしょう。


私は頭を下げて、話を続けました。

「覚悟はできています。」

「何の覚悟だ。」

「この家を、出て行く覚悟です。」

夫は、急に振り返りました。

「この家を出てどうする?子供の父親と、一緒になるのか?」

私は、首を横に振りました。


例え紳太郎さんでも、それはできないと知っていたからです。


「この子の父親は、この事を知りません。子供は、私一人で育てます。」

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