初恋の人
「実家にも帰らずにか。」

「はい。」

夫の視線が、痛いくらいに突き刺さるのが、分かりました。


しばらくして夫は、重い沈黙の中、口を開きました。

「綾女。本当におまえは、女一人で子供を育てられると、思っているのか?」

「また看護婦に戻れば、できると思います。」

夫は、私の出した答えを、じっと聞いていました。

「なあ、綾女。」

「はい。」

「世の中の女と言うのは、自分の立場を守る為なら、平気で男に嘘をつく。しかしそれは、世の中を生きる為の、手段の一つだ。」


私の額に、汗が滲みました。

こういう時に夫婦は、必要以上に相手の気持ちが分かるものです。


「私に、あなたの子供だって、嘘をつけと言うのですか?」

「ああ。今なら目を瞑って、この家に置いてやる。」

私は何も言えず、頭もあげられませんでした。

「どうした?俺の事はもう、愛していないのだろう?だったら嘘くらいつけるはずだ。」


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