初恋の人
できるはずもありませんでした。

今迄、夫として慕ってきた倫太郎さんに、ここまできて騙すような事を言うなんて。


私はポタポタと、涙を溢しながら、倫太郎さんに迫りました。

「どうしていっそ、この家を出て行けと、仰ってくれないんですか!出て行けと言われれば、お互い楽になれるのに……」

夫は、私の側に来て、私の顔を上げさせました。

「綾女が、可哀相だからかな。」

「可哀相……?私が……?」

「人間は所詮、一人では生きていけないんだ。結局は、誰かの力を借りなければならない。」

夫は、私の手を握りました。

「だけど、おまえは違う。誰の力もいらない、一人で生きているような顔をしている。」

夫は涙声で、握った私の手を、自分の頬に当てました。

「こうして手を伸ばせば、俺がいるというのに…」

思い出せば、私が看護婦になったのも、男に媚びずに生きる女になりたかったからでした。



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