こんな恋のはじまりがあってもいい
終わりは、はじまり。
放課後。
見覚えのある二人を見つけた。
一人は同じクラスで仲良しの女の子、もう一人は…隣のクラスのアイツ。

(そうか。あっちが本命か)

見たくないもん見ちゃったなあ。

少し芽生えた暖かい心を摘み取らなければならないような
そんな切なさを持て余しているその時。

ーーーコツン。

額にあたる、暖かくて硬いもの。

「ま、とりあえず一本いかが?」

あったかいココア缶を持った彼が、そこに居た。

「…ありがと」

きっと、偶然。
彼はたまたま、そこに居合わせた。

だけど今は
その偶然に感謝していた。



救われた。

彼らの後ろで涙を流さなくて済んだ。
そんなみじめなことはしたくない。

缶を両手で包み込み、暖かさを味わう。
少し冷えた手にも、じんわり沁みる温度だった。

彼もまた、同じクラス。
きっと、私たちのことも
全く知らない訳じゃないだろう。


「……あ〜もう!やんなっちゃう」
わざと明るい声を出して、もらったココアを一口飲んだ。

しんみりするのは苦手。
元気なフリをすれば、そのうちそれが本当になる。
わざわざ暗くなる必要なんてない。
隣の彼に、気を遣わせたくない。

「まいったよ〜あの二人、仲良いとは思ってたけどさ!」

アハハと軽く流しつつ、さほど傷ついてないように振る舞う。

まだこれは本当の恋じゃなかった。
だから大丈夫。
早めに諦めがついてよかった、そう思おう。

隣の彼は黙ったまま
私のペースに合わせてゆっくり歩いてくれる。

「いや〜寂しくなるなあ。友達ひとり無くした気分」

正直な気持ちもありつつ
実は友達よりもアイツが、こちらを振り向いてくれない悔しさもあり。
今かろうじて言える、精一杯の強がりから出た言葉だった。

「複雑だよねえ」

苦笑いでそう言ってくれる彼。
私の気持ちを代弁してくれたのだろうか。

「ほんと、複雑」
私は正直な感想をこぼした。

ふ、と隣で笑う気配がした。

何気なくチラリと隣を見る。
私より少し背の高い彼。

もしかして
この人も彼女のことを

そう思ったけど確認するような図々しさもなく。
ちょっとだけ、勝手な親近感を抱いた。




何も話すこともなく、二人でゆっくりと歩く。
その距離と雰囲気がとてもちょうどよくて
暖かかった。


「……ありがと」

改めて、伝える。
やっと落ち着いてきた気がする。
まだ素直に泣けないけど。

「ちょっとビックリしすぎたというか、突然すぎて訳わかんなかったけど
今、こうやって一緒にいてくれたおかげで落ち着いたよ」

ココアはほとんど飲み干した。

「うん」

彼はにっこりと頷いて
「お前いつも強いからさ〜さっきのはちょっと心配した。
大丈夫ならいいや」

ぽんぽん、と頭を軽く叩かれ
なんだか犬のような扱いをされた気がするけど。

じゃ、俺こっちだから
そう言った別れ際に

「ーーー強いお前もいいけど、たまには力抜けよ。
俺の前でも強がる必要なんて無いんだからさ」


そう言って私の背中をパンッと叩き
「じゃあな」と歩いていった。

その背中をぼんやりと眺めながら
なんだか憑き物が落ちた気がした。

この人は何で
何で、私のことを知っているんだろうか。

見透かされた気がした。
強がってる。
平気なフリしてた。

全部、分かってたんじゃないだろうか。

そんな彼の心情を確認することもできず、
私は我慢していた涙をそっと拭いながら、家へと帰った。

あの時の笑顔は、忘れない。
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