こんな恋のはじまりがあってもいい
真野のひとりごと2
彼女は一瞬驚いたものの、咄嗟に俺がクラスメイトのイチ男子だという事に気づいたようで。

「……ありがと」
と、静かにココアを受け取った。

そこから少し、呆然としていたようだ。
無言のまま、両手で包んだ缶を見つめている。

(これは流石に、気まずいかな)

俺がもし、市原の立場だったら。
カッコ悪いったらありゃしない。

だからこそ
彼女がどんな行動を取っても、すべて許そうと思った。
見守ろうと。

けれども市原は
「……あ〜もう!やんなっちゃう」
なんてヤケに明るいトーンで話しだし、ココアをぐいっと飲み込んだ。

「まいったよ〜あの二人、仲良いとは思ってたけどさ!」

アハハ、と
何でもないことのように笑い飛ばす彼女が
とても、切なかった。

でも、ここで
俺が彼女に言ってやれることなんて、ひとつもない。

これが、いつも教室で見る市原の姿だし
彼女の「キャラ」なのだろう。

強くて、逞しい。
それは事実。

だけど、多分
本当は、普通の女の子ーーーのはず。

こんな状況で笑えるわけがない。
怒ってくれたほうがまだマシだ。

だけど
俺もきっと、同じ立場なら
そうするだろう。

(似てるのかもな)

自分と。

カッコ悪いところ見せられないような『強がり』なところ
そう思うと、ますます親近感が湧いてきた。

(市原のこと、もっと知ってみたい)

それが、正直な感想だった。

ただ、今はそんな呑気な状況では無い。
黙って、彼女の様子を伺いながら
ゆっくりと二人で、歩き始めた。

目の前にいた二人は、いつの間にかどこかへ行ったようだ。


「いや〜寂しくなるなあ。友達ひとり無くした気分」

ふいに、困ったね〜といった口調で
冗談めかして市原はそうボヤいた。

(友達ひとり、無くした…か)

俺の前で強がって言う彼女。

友達も、本当は好きだった奴も、だろうが。
けれどもそれを俺が言う立場でもなく。

「複雑だよねえ」

そう頷くしか、なかった。

情けない。
俺も、複雑だよ。

気になる子の失恋の癒し役とかさ。
笑うしか無い。

「ほんと、複雑」

彼女は俺の言葉を反芻する。
その会話のテンポがなんだか心地よくて
思わず頬が緩みそうになった。

ヤバいな。
これはマジで…惚れてしまうかも。

クラスで目立つけど、親近感を抱き
気になるぐらいの存在だと認識していたが
ここまでグッと来るとは。

そんなことを漠然と感じた瞬間、市原がこっちを向くもんだから
たまらない。

フイッと顔をそらし、冷静さを取り戻す。

落ち着け俺。
今はただ、彼女を元気付けられたら
それでいい。

それ以上は、望まない。

そう自分に言い聞かしつつ、
それでも彼女と歩くこの時間が少しくすぐったくて
黙って、歩き続けた。

ああ、この道がもう少し長けりゃいいのに。
そんな願いもむなしく、分岐に差し掛かる。

「……ありがと」
元気、というほどではないが、少し落ち着いたようだ。

「ちょっとビックリしすぎたというか、突然すぎて訳わかんなかったけど。今、こうやって一緒にいてくれたおかげで落ち着いたよ」

もう、いつもの市原に見える。
良かった。少しは気が紛れただろうか。

「うん」

少し安心したのもあって、つい本音が漏れてしまう
「お前いつも強いからさ〜さっきのはちょっと心配した。大丈夫ならいいや」
そう、大丈夫ならいいんだ。

つい、可愛がりたくなって
ぽんぽん、と頭に軽く触れる。

今日はこれだけにしておこう。
これだけ。

自分に言い聞かせ、決心が鈍らないうちに
「じゃ、俺こっちだから」
と自ら離れる。

ああ名残惜しい。
非常に、惜しい。

でも、これだけは言いたい。
俺を頼れ、なんてカッコイイ台詞は無理だけど

「ーーー強いお前もいいけど、たまには力抜けよ。俺の前でも強がる必要なんて無いんだからさ」

みんなの前では強がっているけど
俺の前では、そんなに頑張らなくていいから。

ほんと、それだけは伝えたかった。
唯一の味方に、なりたかった。

なんだか何言っても気恥ずかしくて。
笑われるんじゃないかと思ったから
慌てて彼女に背を向けて帰ることにした。

本当は、振り向きたかったけど
そこは、我慢した。
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