こんな恋のはじまりがあってもいい
真野のひとりごと4
あれから。

市原と吉野が、少しぎこちない感じがするものの
険悪というわけでもなく。
見た目はいつもどおりに会話をしている様子が見えた。

そりゃ、今までどおりは難しいよな。
そんな風に思いつつ、いつもなんとなく彼女を伺ってしまう。

東は毎度のごとく二人のところへ顔を出し
いつものやり取りをしているようだけど。

様子を伺いながら、時々ワザと邪魔してみる。
俺がワークを借りていることにすれば、市原が狙われる回数は減るだろう。
他にも先生が呼んでるだの、ちょっと手伝ってくれだの
適当な理由をつけて、東から市原を遠ざけた。

せめてもの抵抗だ。



そんなある日、市原が日直だった時のこと。

放課後、友人に頼まれた用事を済ませて帰ろうとすると
教卓に日誌が残っている。
日誌は最後、必ず先生の元へ届けなければならない。
周りを見渡しても、自分以外誰も居ない。
市原はどうやら忘れていったようだ。

(仕方ねえな)

そっと職員室へ持って行ってやろうと、日誌を手にした途端。

「真野くん」

教室の後ろから声がした。
吉野ミキ、だ。

「……今、ちょっと時間ある?」

「?」

何の話か知らないが、彼女の表情からして
くだらない内容では無さそうだ。
手にした日誌を再度、教卓へ置いた。

「あのさ、あかねの事なんだけど」

内心、ドキリとした。
もしかして、バレたのだろうか。

「……市原のこと?」

ドキドキしながらそっと聞く。

「うん。」

「何?どしたの?」

あくまで、俺は相談役。
何もやましい事はない。

自分にそう言い聞かせ、彼女の返事を待つ。

気まずそうに彼女は切り出した。

「最近、何か聞いた?」
「何か、…って?」

「……」

俺は何も知らない程で、彼女にとぼける。
吉野はしばらく切り出しにくい様子だったが、両手をグッと握りしめ
俺の顔をみて、言った。

「私、あかねに嫌われてるんじゃないかと思って」

「はい?」

予想していた事から掛け離れたセリフが飛び出し、俺は思わず素っ頓狂な声をあげた。
彼女は深刻そうに、下を向いて話す。
「最近…なんだか話しててもそっけないというかね。なんか大事なことをはぐらかされてるような気がするの。真野くん、この頃よくあかねと話してるし、何か知ってるかと思って」

うーん、これはこれは……

どうしたものかと頭をかきながら、俺は腹を括った。
窓際へ歩き、前から2つ目の机に軽く腰をかけ
少し離れたところで吉野を見つめ、真面目に話す。

「俺はさ、詳しい事は知らないけど。そうやって遠回しに俺に相談するって事はさ……吉野の中で心当たりがあるんじゃねえの?本人に言えない事とかさ」

「…………」

彼女は下を向いたままだった。

「だって、お前らの仲だったら直接話せばいい事だろ?お前が腹割って言わないから、アイツも何も言えないんじゃねえの」

そんなの、都合の良い話だ。

別に俺は、吉野がどうなろうがどうでもいい。
ただ、市原がそこで傷ついてるのが、気がかりなだけだ。

仲のいい友達なら、遠回しな遠慮なんか要らないだろう。
アイツは、待ってる。
本当の事を彼女が話してくれるのを。

はあ、とため息が聞こえて。
そのあとにズズッと鼻をすする音がする。

あ〜泣かしたかな
少し、気まずい。

でも、間違った事は言ってない。
後は待つしかない。

「……そうだね。そのとおりだね」

やがて、か細い声が聞こえた。



数分後、
落ち着いた彼女は、俺の隣の椅子に腰を下ろし
ぽつりぽつりと話してくれた。

「……東くんとね、付き合う事になったんだ」
「……そう」

知ってるから、驚きもしない。
驚いてなんか、やらない。

あくまで、俺は
無関係のヒト。

「でも、東くんとあかねって仲良しじゃん。ずっと、気になってたんだ……あかねが東くんの事どう思ってるのか。」

「……うん」

それはみんな興味のある話題だ。
少なからず俺も。

「だけど、あかねは絶対そういう話しない子だし。私の気持ちもバレてそうだから遠慮されそうだし…ずっと、聞けなかった。」

「…うん」

それは、分かる。

「でも、この間…東くんと付き合う事になって。嬉しかったんだけど、あかねにはどうやって言おうかと思って……」

「……うん」

で、結局。
言いそびれて今に至るという事だ。

俺は話を聞き終えた後、ふーっと長い息を吐いて。
「理由や考えはどうあれ、ストレートに事実を言うしか無いんじゃないの?」
思った事を率直に述べた。

もう、それしか無いと思ったんだ。
だって、アイツは全てーーー知ってるから。

吉野はしばらく黙っていたが、納得したように頷き
「……そう、だよね……そうするしか……ないよね……」
と、心細く呟いた。

彼女も、あかねとの友情は大事にしたいんだろう。
だったら尚更。

「吉野、オマエもうちょっとアイツの事信じてやったら?」
「……え?」
「アイツは……そんな事で疎遠になったりするような奴じゃないだろ。」

少なくとも俺は、そう思う。
「まーアレだ。もしヤバくなったらなったでしょーがないとは思うけど。大丈夫じゃねえの?」
そう信じるしか無いだろう。
アイツは、そんな小さい人間じゃない。

吉野は俺の話に、少し驚いたように目を丸くしていたが
すぐに穏やかな表情で
「……そだね。そうだよね……うん、自分で話してみる。それでダメだったら、また考えればいいかな」

「そうそう、その調子」

女の友情って面倒くさい印象だったけど
案外悪くないかもね。


そんな事を思った矢先
教室のドアが勢い良く開いた。

「あ」

市原だった。
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