こんな恋のはじまりがあってもいい

真野のひとりごと７

そういえば、あの日
一緒に帰ってからだろうか。

やけに市原と目が合う事が増えた気がする。
いや、待て
俺が意識しすぎなのだろうか。

さらに
タイミングが合うというのだろうか
自然に、二人で帰る機会が増えた。

そもそも、今まで市原は吉野とベッタリだったから
一人になる時間が増えただけで。
そこに俺が出くわすだけだから、当たり前なのかもしれない。

何にしろ、俺はそういう放課後の帰り道が
楽しくて仕方なかった。
彼女の好きなカフェオレを買ってみたり
やっぱりココアがいいと言ってみたり。

元気がなさそうな時は何があったのか気になるし
俺も凹んだ時は彼女と歩くだけで元気がもらえる。

これってやっぱり
惚れてるんだろうか。

ダメだ。
変に意識すると、うまくいかなくなる。

せっかくの楽しい距離を、時間を
勝手な感情で壊したくない。
今のままが、いいんだ。


そんな風に思い直したある日。
昼休み、友達に誘われ教室を出ようとした時

やけにボンヤリしている彼女が目に入った。

ほんの興味半分で、面白がって
俺は声をかけた。

「もしもーし？」

が。

「わっ！何なに！？」

予想以上の反応ーーーしかも後ろにのけぞった
ひっくり返る
とっさに俺は彼女の腕を掴み、引き寄せた。

机越しだったから支える形で
椅子だけが後ろに派手な音を立て倒れた。

「……っぶねー」

焦った。
自分のせいで彼女が怪我をされては困る。

「…………」

一瞬、呆然と二人で見つめ合ったが
すぐに市原は我に返った様子で

「あ、ごめん。大丈夫」

と、俺や周りにぎこちない笑顔で答える。
その時、俺は思っていた以上に強い力で
彼女の腕を掴んでいたようだ。

ハッと気づいてすぐ離し、怪我が無い事を確認すると
一気に冷や汗が吹き出してきた。

「はービックリした。まさか後ろにいくとは」

自分から声をかけておいてなんだが
思わず本音を漏らす。
やり場の無い両手を机に置いて、
力の抜けそうな体をどうにか支えた。

「…………」

市原はまだ、ぼんやりしている。
大丈夫だろうか？
そりゃ、驚いたよな。

「……あ、りがと」

さっきのような、周りに気を使った咄嗟の笑顔ではなくて
やっと、状況がつかめたような
そんな声だった。

「いや、驚かせたの俺だし。怪我ない？」
それだけが心配だ。

「あ〜うん、大丈夫！大丈夫！」

これでこそ、いつもの市原だ。
やっと、安心した。
ちょっとした出来心でちょっかいをかけたら
思わぬ展開になってしまった。

反省。
やはり、浮かれすぎてはいけない。
浮かれてる？

気になるから、近づきたい。
ただそれだけなのに。
何かーーー難しい気がして。

いや、今のままで大丈夫だ。
変に深く考えずに
楽しく彼女と過ごせばいい。

この感情に名前をつけるのは、やめておこう。

友達に呼ばれていたので、それじゃと席を離れる。
俺とすれ違いに、吉野が市原のところへかけていくのが見えた。

何気なく見ただけだが、
教室を出る時、少しだけ耳に入った言葉がある。

「……圭太くんとさ、別れることになっちゃった。」