こんな恋のはじまりがあってもいい
真野のひとりごと8
確かに、そう聞こえた。
吉野は、アイツと別れたらしい。

それ以上、聞くわけにもいかず
俺は友達に誘われるままに、教室を後にした。


合う合わない、なんて
付き合ってみなけりゃ分からないだろうから
別にあの二人がどうなろうと興味はない。

だけど

市原は、どうなんだろうか。
どういう気持ちで、彼女の相談を受けるんだろうか。

俺が心配したところで
何にもならないんだろうけど。

それからーーー
市原は吉野と二人で帰るようになった。
これまでと同じ状況に戻るだけだ。


そのことに気づくと
今まで、市原と一緒に歩いたあの道が
急に寒々しく思えた。


あの野郎が教室に来なくなって
ホッとしたのもある。
あの耳障りなデカイ声を聞かなくて済むからだ。
それに反応する、楽しそうな市原の声もーーー

俺は何を考えているのだろうか。
頭をブンブンと左右に振り、余計な思考を吹き飛ばす。


そんな日々がしばらく続いていたのだが。
偶然、見てしまった。

廊下で、楽しそうに話をする二人を。
アイツーーー東と、市原だ。

ノートを渡し、なにやら文句を言っているようだ。
それをいつもの如くハイハイとあしらって楽しそうに笑う東の姿。

何だよ。
教室じゃ周りの目があるから、こうして外で話してるってワケか。

思わずため息が漏れた。
「あー、ツイてねえ…」
面白くないモンを見てしまった。

ああ、これかもしれない。
前にーーー市原が感じたヤツ。

東と吉野が仲良く歩いていたのを、後ろから見ていたーーーあの時の状況に、似ている。

そうか、これか。
と、いうことは……
俺はもしかして、というよりやっぱり


気付いてしまった。
いや、分かっていたけど
この感情に、名前をつけてはいけないって
前にも思ったんだ。


それからしばらく、市原とは
一緒に帰るどころか、普段話す機会も少なくなっていった。
ごく自然な流れなんだけど
俺にとってはとても不自然で。


やっぱり、それはこの感情のせいだと確信した。

俺、市原に惚れてる
今更だけど、認める。

気になる子というのは、客観的に「可愛いな」とか
仲良くしたいな、という程度で済むのだけど
それ以上を求めたくなっている。

もっと、知りたい。
アイツなんかよりもっと、彼女のことを分かりたい。

きっとそういう気持ちだ。


腹立たしい。
今更気付いてどうする。

もう、一緒に帰る機会なんてそうそう無い。
かといって今、そんな想いを伝えたところで何になるだろう。
同じクラスで気まずくなるだけじゃないか。

なんて悶々としていても

気になるせいか、つい彼女を目で追ってしまう。
そして、アイツとの会話もどこかしら耳に入る。
教室の外なのに、廊下で聞こえたり
何かの拍子に視界に入る。

だけどそのうち、何か違和感に気がついた。

彼女の様子が、変というか。
以前のように、楽しそうに笑うところを見かけなくなった。
むしろ困っているように見える。

どうしたのだろう。
理由は、分からない。

けれども、明らかに違う。
それだけは分かる。
全く根拠の無い自信だけど


そんなある日、またもや見かけた。
会話もバッチリ聞こえてしまった。
「じゃあさ、今度一緒に勉強会しようぜ」
「無理」
「え〜つれないね〜」

いつものノートの貸し借りのようだったが、
市原は不信感を抱いているようだった。
困っているようにしか見えない。

何よりも、勉強会だと?
カチンときた。
何を言ってるんだアイツは。


無理。
俺が、無理。


困ってる彼女をなんとかしたい、
なんて甘っちょろい建前じゃない。

その想いだけで、不思議と身体が動く。
これは一体何の力か。


俺は早足で彼女の後ろに歩み寄り、腕をそっと掴んで自分のところへ引き寄せた。
背中に隠すように、東の前に立った。

「ーーお前さ。その気も無いくせに市原に手ェ出すの、やめてくれる?」
< 18 / 43 >

この作品をシェア

pagetop