こんな恋のはじまりがあってもいい

真野のひとりごと9

本当に、勢いだけだった。

「真野くん」

市原が、驚いたようにこちらを見ているのを、背中越しに感じる。
だけど今、彼女の顔を見る余裕はなくて。

とにかくーーー彼女を東から遠ざけたかった。
ただ、それだけ。

一瞬、何のことか分からずキョトンとしていた東だったが
すぐに察したようで。
「は？お前なにヒーロー気取り……あ、もしかしてコイツに惚れてるとか？」
にやりと腹の立つ顔でそんなことを言ってきた。

ああ、悔しいけど事実だよ。
お前なんかよりよっぽど
俺のほうが、市原に惚れてる。


もう、ここまで来たらヤケだ。


俺は冷静なフリをして、余裕ぶった笑顔と声で答えてやった。
「そうだよ。悪い？」


周りがシン、と静かになった。

「はい？」

なんとも間の抜けた、変な声が後ろから聞こえた。
市原、だ。
俺の言葉の意味を理解するのに時間がかかったようだ。

我ながら、よくサラリと言ったと思う。
こんな恥ずかしい台詞。
ーーー今思えば、恥ずかしいったらありゃしない。


だけど、この時はこれが
俺にできる精一杯の行動だった。


東も皆とおなじくポカンとしていたが、すぐに腹を抱えて笑いだした。
「ちょ、お前冗談はそこまでにしとけって」

ムキになって答えるのは負けだ。
あくまで、冷静に。

「冗談じゃねえし」

いつの間にか、後ろにいた市原が
俺を止めようとしたのか、真横にいる。
けれどもーーーさっきの俺の発言のせいで、まったく止まってしまった。


もう、自覚したし
腹も括った。
怖いものは、ただひとつ。


「ちょ、ちょっと待ってもういいから」
慌てて止めようとする彼女だけど

悪い。止めてやれない。
ここは、引き下がれない。

そこは東も同感のようで
「オイあかね、お前…真野とどうなってんの？付き合ってんの？」
と、彼女に確認し始めた。


もう、どうだっていい。
そんな風に、思っていた。
これで、市原が否定しても
俺が彼女を好きなことに変わりはない。
もう、それだけでいいや。

こんなの、迷惑かもしれないけど
これ以上、見て見ぬフリをするほうが
よっぽど、嫌だった。


市原はもちろん、初めて聞いたであろう俺の返事に戸惑っているようだ。
なんども俺と東を交互に見て、それから下を向く。
ああ、こんなところで困らせてごめん。

今、この場さえ凌いだら
後は彼女の好きにしてもらえばいい。

そう思い立ち
市原の肩を抱き寄せ、努めて明るく振る舞った。
「だーかーらー、今から付き合うんだよ」

俺は本来、こんなに気軽にこういう大事なことは言えない。
言わない。
むしろこれはーーー東の専売特許だろう。

だからこそ
敢えて使わせてもらう。
今、ここで。

「！？」
とまどった彼女も、可愛くて。
思わず笑ってしまう。
「ね☆」


本音だけど、
今は、そんなことどうでもいい。
伝わらなくてもいい。

ただ、この面倒なヤツから離れるために
嘘でもいいから、頷いてほしい。

そう思って取った行動だった。

「俺はオマエじゃなくてあかねに聞いてんだけど」

何よりも、コイツが
市原のことを馴れ馴れしく名前で呼ぶことすら嫌悪感を覚える。
何様だよ。

「なあ、どうなの」

どちらにしろ面白い展開だ、と
からかうように東が彼女に聞く。


すると。
「…そ、そうだよ。つ、付き合うんだから」
と、彼女は言った。