こんな恋のはじまりがあってもいい
真野のひとりごと10
耳まで真っ赤にして
両手をギュッと握って
全身に力が入ったコチコチの状態。
肩を抱き寄せてる手前、全てが俺にダイレクトに伝わる。

ああ、ごめん。
その発言はとても勇気がいることだったね。
俺の勝手な行動で
彼女にこんなことをさせてしまった。

そのことが、申し訳なくて。
俺は彼女を抱き寄せる手に少し、力を入れた。

大丈夫、俺がいるから。
キミを悪者には、させないから。

この後、どんな噂になっても
俺が、なんとかするから。

それだけは、誓う。


「…嘘だと思ってくれてもいいよ。だからもう、ノートは自力で頑張ってね」

彼女はそう言って、俺の方を見て続けた。
「行こう、授業始まっちゃう」

あれ、意外と冷静?と少し拍子抜けしつつも
あくまで東の前では当たり前かのように自然に振る舞う。
アイツにはもう、手を出させないためだ。

「だね。」

二人で、教室へと引き返す。


市原が、東のことをどう思っていたのか
俺にはわからない。

だからあの時ーーー
本当は、アイツのこと選ぶんじゃないかってものすごく緊張した。
それはそれで、いいと思った。

少なくとも、あの時
市原が嬉しそうにしていたら、俺はこんなことしなかっただろう。

ずっと、見てきたから
それだけは間違ってないと、思いたい。

さっきの言葉も、
勢いと流れだけで、アイツに言ったわけじゃないと
思いたい。


そんなことを考えていると、ふいにボソッと彼女の声が耳に届いた。
「ねえ、どういうこと?」

どういうこと、とは?

「何が?」
素直に尋ねてみる。
「何が、って……」

彼女は顔を真っ赤にして、下を向いてしまった。
ああ、もしかして。

俺は咄嗟に、すぐそばに見えた階段のところへ
彼女の腕を引いて連れ出した。

幸い、誰も居ない。


とりあえず、ここは素直に。
全てを彼女に伝えよう。
後のことは、それからだ。

「ごめん」

とにかく謝る。
俺の勝手な感情で、彼女を巻き込んだこと。
無理やり、思ってもない言葉を言わせてしまったこと。
みんなの前であんなことになってしまったこと。

「何が?」

今度は彼女が尋ねる。
俺は、手を合わせて拝みながら
彼女をそっと見て様子を伺う。

「あんな所であんなこと言って、困った……よね?」

我ながら、情けない。
ほんと、ごめん。
嫌われたかもしれない。
そうなったら、この恋も終わりだね。

だからーーー俺の全てを、もう一度。
今度は真面目に、伝えるから。

聞いて。

「もっかいチャンスちょうだい」

彼女は俺の言葉の意味がわからないようで
キョトンとしている。

俺は、ドキドキする心臓の音を落ち着かせようと
少し咳払いをして、背筋を伸ばす。
今度は、ちゃんと。
真剣に。

「えー…俺は、市原さんのことが好きです」
「……」

俺、多分耳まで真っ赤だ。
自覚すればするほど、ひどい。
こんなにも、自分の気持ちを伝えることに緊張する日が来るとは。

彼女はしばらく黙っていたが、信じられないといったそぶりで言う。
「だって、真野くんは…ミキちゃんが」

忘れていた名前が出てきてハッとする。
「あーやっぱりそう思われてたかー」

やはりあの時、きちんと弁解しておけば良かったのだろうか。
とにかく正直に、伝えよう。

「それ、市原の勘違いね。俺ずっとお前が好きで、でもお前は東のこと見てただろ」
「!!」

そう、知ってる。
俺は、気になる存在だと遠巻きに眺めていたけど
ずっと、惚れてたんだ。
その明るさと強さ、優しさと笑顔。
彼女の全てに。

だけど市原は東が好きだったから。
叶わない恋なら、あきらめたほうがいい。
傷つかなくて済む。そう思っていた。

でも。

「でも、さっきの見て。どうしても我慢できなかった。」
「お前がアイツのこと好きでも、あんな風に困らせてるのは、俺が嫌だった。」

傷ついてもいい
そう思えるようになったのはきっと
彼女を好きになったことに、後悔は無いから。

一緒に帰ったあの数日間。
本当に、楽しかった。
あの日々は取り戻せなくても、心にちゃんと残ってる。

もし、願いが叶うなら
もう一度、あんな風に。

「……でも俺もあんなこと言って困らせて。結局アイツと一緒だな」

自嘲気味になってしまう。
結局は俺も、同じとは何という皮肉だろうか。
結局のところ、彼女を独占したいだけ。
ただの、エゴ。

でも、言わなきゃ伝わらないんだ。

ここで、市原がどんな選択をしようとも
受け止める。
その覚悟ができた。
この強さはきっと、彼女からもらったもの。

東のことや吉野のこと。
全て受け止めてきた彼女をそばで見ていたからこそ
俺も、強くなれた。

選ぶのは、彼女だ。
「違う」

咄嗟に否定されて、何のことか分からず
へ?と顔を上げてしまった。
彼女は俺の目を見て、立て続けに喋り出した。

「違うよ、真野くん。私、困ってないから。むしろ嬉しくて私、途中で真野くんが好きだって気づいて…そしたら本当に真野くんが」

ちょっと待て
今、なんと

俺は彼女の声を聞き終わる前に
衝動に身を任せてしまった。
思いっきり、抱きしめる。

今、好きって言った……よね?
勘違い、じゃないよね?

「……それ、本気で言ってる?」

とりあえず確認だ、確認。

「……うん」

俺の腕の中で、静かに頷く声が聞こえる。
夢じゃないだろうか。

「本当に?」
「…うん」

心臓の音がうるさい。
けれども俺の腕の中の彼女も同じくらい、震えていて

「信じちゃうよ?」
「うん」

泣きそう。
いや、泣かないけどさ。
思わず力の加減を忘れてしまいそうになる。

なんだよ。
こんなことってあるんだろうか。

あんなに遠くに眺めていた彼女が
今、俺の腕の中にいる。

「そっか…よかった」
「うん」

この温かみと二人のドキドキが、まだ夢のようで
しばらくこのままでいたいとさえ思っていたのだけれど。

始業のベルが鳴り響いて、現実を知らせる。
だけどそれはーーーこれが夢じゃないという印でもあって。

「やべ、遅刻する」
「早く戻ろう」

今なら早く走れる気がする。
浮かれているだけか。
このまま、授業をサボって何処かへ行ってしまいたい。
そう思いつつも、彼女をそんなことに巻き込んではいけないと自制心を働かせ
「これ、二人で戻ったら何か言われんじゃね?」
と聞いてみたところ
「いいじゃん、もうとっくに共犯」

なんて嬉しいことを言ってくれるのだろうか。
思わず頬が緩む。

とりあえず、授業は出よう。
後のことはゆっくり考えればいいーーーー

今日の帰りはココアかカエフォレか。
それすら楽しみにして。
俺たちは教室まで走った。
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