こんな恋のはじまりがあってもいい
相談と答え。
その後の授業は、あまり頭に入っていない。
学年末テストがあるから、あまり気を抜いていられないハズなんだけど。

それでも
背中に刺さった言葉が、まだそのまま残っているようで。
なんとなく、重い。

何度目か分からないため息を吐いて。
私は気を紛らわすかのようにノートをひたすら取った。

私はどうして、真野くんの隣にいられるんだろうか
彼はとても優しくて、頭もよくて。
友達ともいつも楽しそうにしていて、変な噂のひとつもない

それに比べて自分はーーー

「大丈夫?」
ふいに声をかけられて、顔を上げると
目の前に真野くんがいた。

「え?」
どうやら、考え込んでいるうちに授業が終わっていたようだ。
「なんか、顔色悪いけど」
そう言って、彼は私の額に手を当てる。
ヒュー、と誰かの口笛が聞こえた。

「おーカノジョの心配かよ〜妬けるー」
「るせー」
真野くんは友達の冷やかしにも全く動じず。

「調子悪いなら、保健室でも行く?」
彼はしゃがみこみ、机に座る私と目線を合わせて訪ねてくれた。
もう、そういう動作ひとつひとつが嬉しくて
胸が苦しくなる。

泣きそうになる心をぐっと堪えて
いつもの自分を思い出す。
「ーー大丈夫!ちょっと寝不足かなと思っただけ」
いつものように、笑顔で少し元気に返事をする。

彼は少し、考えるように私の顔をじっと見つめて
「……そか。」
立ち上がり、頭を優しくポンポンと叩いて行ってしまった。

あったかい心と、寂しい心と
うまく話せない自分へのもどかしさと
いろいろな感情が渦巻いて
私は再度、机に突っ伏した。



放課後。
いつものように、二人で帰る。

「あかね」
並んで歩いているとふいに声をかけられる。
「マフラー、どうしたの」
「え。あー今はそんなに寒くないからいいかなって」
「……そう」

なんとなく、気恥ずかしいのと
さっきの彼女たちの視線が怖くて
二人でいる時にそれを巻く勇気がなかった。

「体調は?」
「もう大丈夫だよ」
私は彼に心配かけまいと振る舞ったつもりだった。

だけど
「嘘」
とっさに言われた言葉に、固まってしまう。

真野くんはいつもの自動販売機でココアを2本買い、私にひとつ手渡してくれた。
「あ……」
学校帰りにココアをこうして飲むのは久しぶりで。
はじめて二人で帰った日を思い出す。

同じように、あったかいココア。
「ーーー何かあった、よね?」
そっと、尋ねる彼の声が優しくて。
何も言ってないのに気付かれることが嬉しくて
思わず、こらえていた涙がこぼれた。

「……ごめんね。心配かけたくなくて我慢してた」
「うん」
やっぱり、彼は何も言わずに
静かに隣を歩いてくれる。

ああ、彼が隣にいてくれる。
それだけなのにどうして
こんなにホッとするんだろう。

「……真野くんてさ。モテるんだよね」
「……はい?」
真野くんは突然の話題に驚いたのか、変な声の返事が返ってきた。

「今日、真野くんのことが好きだったのに……っていう子がいてね。」
「うん?」
「私は圭太とのことがあったから、周りの人たちに良いイメージがないみたいで」
「??」
「そんな私が、真野くんの隣に居ていいのかな……って」

突然、隣にいた彼が立ち止まった。
半歩ほど先に進んでそれに気づき、振り返る。
彼はそれはそれは盛大なため息を吐いて
ふふ、と笑い始めた。

「…真野、くん?」
状況が良くわからず、思わず彼の名を呼ぶ。
彼は一歩足を踏み出し、私の前に追いつくと
ふわり、と優しく抱きしめてくれた。

「……そっか、そういう事か」
私が何も言えずに黙っていると
「あのさ、この間の初詣行った時のこと…覚えてる?」
「?」
あの時は二人で神社へ行って、圭太たちに会って。

「あの時、俺も変な心配してさ。あかねに聞いたじゃん」
「…うん」
「今、同じ心境」
「え?」
あの時、私は何を言ったんだろう?

彼の腕の中で顔を上げると
にっこり笑った真野くんと目が合って
「俺は、あかねが好き。それだけで十分じゃない?」

それだけで?
キョトンとする私に、彼はもう一度力を入れて抱きしめなおし
「そ。俺は、あかねが俺のこと好きって言ってくれただけで十分だと思った。周りが何であろうと、今はそうなんだからそれでいいって。」
「周りが…なんであろうと…?」
「うん。俺は、あかねが東とどうだったかなんて、今はどうでも良くて。今、あかねが隣にいれば十分ってこと。俺の隣にいていい理由なんて、俺が好きだからってだけでいいじゃん」

真野くんの隣にいていい理由。
改めて聞いて、今更ながらドキドキしてきた。

「だからさ、周りにいろいろ言われたんだろうけど……そいつらの勝手な価値観で言ってるだけだから。それであかねの評価が決まるワケないじゃん。吉野や俺が分かってれば大丈夫」
驚きで止まっていた涙が、また溢れてきたようだ。
「ほんと……?」
「俺を疑うの?」
ううん、と首を振って。

少しだけ、甘えさせてもらう。
彼の胸に額を押し付けて、力一杯抱きしめる。

「ありがとう」
「どういたしまして」

ふふ、とどちらともなく笑いが溢れる。

そうだね。
真野くんのことを好きだった彼女たちは、私のことを嫌いかもしれない。
だけどーーー
一番に信じるべきは、ミキや真野くんだった。
二人が私のことを分かってくれていたら、それだけで大丈夫。

「俺が隣にいてほしいって言ってんだから、それでいいでしょ」
「……そうだね。私も同じだね」
「うん。俺も、あかねの隣にいさせてください」
「よろしくお願いします」

何言ってんだ、と二人で笑う。
良かった。

気を取り直して、二人で帰る。
家の前まで送ってくれて。
帰り際にもう一度、礼を言う。

「…ありがと。私、真野くんのことが好きで良かった」
「……!……それ、反則」
お互い様だよ、と笑って。
また明日、と手を合わせた。

少し、強くなれた気がする。
彼の存在と気持ちに感謝して
明日からもう一度、あのマフラーを巻いていこう。
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