こんな恋のはじまりがあってもいい
ココアはおいしい。
放課後。
いつも一緒に帰るはずのミキが

「ごめん!ちょっと用事があって…」

と私の前で手を合わせて拝んだ。

きっと、アイツと帰るんだろう。
とっさに察した私は平気なフリをして

「うん、わかった。じゃ、またね」

と彼女より先に帰る。

あの二人を見るよりマシだ。


本当は
言ってくれたらいいのにな、と思う。
なぜ話してくれないのか。
そっちのほうがーーー寂しい。

ああ、私。
寂しいんだ。

いつも三人でいたから、かな。
私とアイツは付き合いが長いし、大丈夫だと勝手に思ってた。

それが急に、ふたりの世界になっちゃって。
私ははみ出したんだ。
そこに、いられないのがーーー寂しい。

そう気付いてしまうと
忘れかけていた涙が滲み出しそうで。

私は急いで学校を出ようとした。
校門の前で、ふいに呼び止められる。

「おーい、そんなに急いで何処へ行く」

真野くんだった。

「え、別に急いでないよ」

また、かっこ悪いところ見られそう。
恥ずかしい。

さっきまで考えていたことに蓋をして
涙の存在を忘れようとした。

「あ、そう。」

そう言ってさり気なく、彼は私の隣に並んだ。

「飲む?」
そう言って彼はカバンから暖かいココアを渡してくれた。

「なんでこんなの持ってんの?」
素朴な疑問だった。

「ん?さっきそこで買っただけ。俺、ココア好きでさ〜
なんかホッとしない?」

そう言って彼は、自分の分もあると言いながら
カバンから2本目のココアを出してプルトップを開けた。

「なんであったかいの2本も…?」
「だから、ココア美味いからだよ。2本くらいすぐ飲めるっしょ」
「え〜2本も飲んだら甘いよ」
「んなこたないって。全然いける」

他愛ない会話。
それが今はとても居心地が良くて。

さっきまでのモヤモヤが、いつの間にか何処かへ消えていた。

真野くんは、何も聞かない。
だけど、私のどうでもいい話を静かに聞いてくれる。
時には彼の話も聞いたり。

憂鬱になるはずの日暮れの帰り道は
とても暖かで眩しい道だった。

昨日も一緒に歩いた、同じ道。
同じように、ココアを飲み干したところで

「じゃーな、また明日」

彼はそう言って私の頭をポンと軽く叩いて行く。
それもまた暖かくて、不思議な気持ちだった。

なんとなく、離れるのが惜しくて
彼の背中に声をかけた。

「うん、また明日。ワーク忘れないようにね」

咄嗟に振り返って、彼は笑う。

「忘れてないって」
「知ってる」

はは、と今度は二人で笑って。

「じゃあ」

彼は左手を軽く上げて、私に手を振って自分の道を歩いて行った。
今日もその背中をそっと見送る。

振り返られたらバレそうだから、長くは見ないでおこう。
でも、あと少しーーー

数メートル離れたところで
彼は振り向いた。

「なに見てんだよ」

「べ、別に!夕焼けが綺麗だなって思って」
つい誤魔化してしまったけれども
その時の夕日は、本当に綺麗だった。

「あー綺麗だな。うん。」
彼も空を仰いで、またこちらを見る。

「いいから早く帰れよー」

「はーい。またねー」
あはは、と大きく手を振って
今度こそ私も、自分の家に向かって歩き始めた。


実は少し、気になっていたことがあった。
昨日の帰り際に聞いた言葉。
あれは一体、どういう意味だったんだろう。

深い意味は、無いはず。
あったら困る、というよりそんなこと考えてる自分が恥ずかしい。

きっと、友達だから気を使わなくていいってことだよね。

きっと、彼もまた
昨日のミキちゃんを見て、私と同じ心境だったのだろうから。

複雑って言ってたし。
そんな気がする。

そういうことにしておこう。
分かりもしない事をいつまでも考えたって仕方がない。

今日も、あったかな気持ちで家に帰れる事に感謝しよう。
ありがとう、真野くん。
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