こんな恋のはじまりがあってもいい
春のおくりもの。
学年末テストも終わり、ようやく肩の力が抜けた頃。
気づけば暖かい風が吹き始めていた。

「……あ、なんかちょっと今の風、春のにおいがする」
「え」

私がなんとなく言った言葉に、隣を歩いていた真野くんが目を丸くした。
何か変なこと言ったかな?
その表情の真意を汲み取ろうと、思わず彼の顔をチラリと見たのだけれど。
「……詩人?」
「へ?」

思わず彼の口からこぼれた言葉に、今度は私の方が目を丸くしてしまった。
「だってそんなセリフよくもポロっと言えるなあって」
「え、変かな」
「いや、いいと思う」
「そう」

なんとなく、気恥ずかしくなって
二人でふふ、と笑ってしまう。

気持ちが通じあってから、こうして毎日のように二人で歩く帰り道なのに
相変わらずドキドキするのは何故なんだろうね。

「春のにおいって言葉、いいね。」
真野くんが空を見上げて言った。
「うん。」
私もつられて上を見る。

爽やかな青空が広がっていて、日差しも心なしか暖かい。
もう、お揃いのマフラーを巻く機会がしばらく無いのかと思うと
少しだけ寂しかったりもする。

そしてーーー
その代わりとは言わないけれど
もう少し、何か

彼にもっと、近づきたい気持ちが
心の奥に湧き上がる。

これは何なんだろうね。
この感情をどう伝えれば良いのか
うまく言葉にできないのがもどかしくて

思わず深呼吸をした。

「なに?急に深呼吸なんかして」
「え、ほら…春のにおいをもっと味わいたいなって」
自分でも何を言ってるのか分からない。

案の定、彼はプッと吹きだした。
「花粉症になるよ」
「まさか」
「冗談。あかねって面白いね」
「真野くんには負けるよ」

またまた、と茶化して小突き合う。
この距離も楽しいんだけど
もっと、何かーーー

「ちょっとだけ、寄り道しよっか」
ふいに、珍しく真野くんがそんなことを言う。
「寄り道?」
「そ」

彼はにっこり笑うと私の手を引いて
いつもと違う道を曲がった。

(どこに行くのかな)

しばらく歩くと、小さな公園が見えた。
「こんな所にも公園があったんだね」
「俺の家がこの近くだからさ、よく友達とここで遊んでたんだ」
「そうなんだ」

なるほど、確かに真野くんの家の方角。
なんとなく、幼い頃の彼を想像して
(可愛かったんだろうな)
なんて頬が緩んでしまう。

「なにニヤけてるの?」
「いや、別に」
「何?」
「いやだから別にって……」

あはは、と笑ってごまかそうとして彼の顔を見たけれど
その時見せた真剣な瞳に、吸い込まれそうになった。

時が、止まった気がした。

不思議なもので
そういう空気って、通じるらしい。

ごく自然に、唇を重ねる。
クリスマスのあの時以来、だ。

心臓がうるさい。
でも、心地いい。



しばらく甘い時間に身を委ねていたのだけれど
「…………やばい」
ふいに離れた瞬間、彼がつぶやいた。
「?」

「あっ!ごめん急にどうしても止められなくて」
「えっ」
真野くんが顔を真っ赤にして口元を手で覆い目を反らす。
かわいい。

私も、相当バカらしい。

「いいよ」
「へ?」
「だって、私も同じ気持ちだったし…」
「…!」

いや違うんだ、その、あの、と
しどろもどろになりながら彼はカバンからガサゴソと包みを取り出した。

「……先に、これ渡そうと思ってたんだけど」
「?」
「この間のチョコのお返し」
「あ」

そうだった。
今日はホワイトデー。
今朝まで少し期待していたのに、帰る頃にはすっかり忘れていた。

「これ渡してから…とか思ってたはずなのに」
そこまで言って
「あ、そんなつもりじゃないんだけど、いや…あれ?なんて言えば」

こんなに慌てる真野くんって、珍しいと思う。
どうしたのかな。

それでも、私しか知らない一面を見た気がして
「全部嬉しい。ありがとう」
と、今度は私から彼に唇を寄せた。

これだ。
私がずっと、気になっていた感情。
彼と、もっと近づきたいと思ったのは
こういう事だったのかもしれない。

彼も同じように思っていた事が、何よりもの贈り物な気がした。
新しいドキドキと、安心感。
あったかい気持ちと、愛おしい感情。

うまく言えないけれど、彼の事がもっと好きになった。

贈り物の中身は、お菓子と可愛い化粧ポーチのセットだった。
一体、どうやって用意したのかとっても気になるけど
それだけは教えてくれなかった。

悔しいけど、またひとつ
真野くんに近づけたからいいや。

やっぱり、今日の風は
春のにおいがした。
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