こんな恋のはじまりがあってもいい
久しぶりに聞いたその声は、明らかに俺に対する敵意がむき出しだった。
そして俺もーー無性に腹が立った。

その気もない、だと?
何を分かった風に言ってるんだ。
手を出す、だと?
何を偉そうに言うのか。

「は?お前なにヒーロー気取り……」
とまで言って、ふと思い浮かんだのが
「あ、もしかしてコイツに惚れてるとか?」

そうだ。
ミキも言ってたじゃないか。
だから俺に対してそんなに突っかかってくるんだろう。

それなら同じ穴のムジナじゃないか。
手を出してるのはどっちだ。

そんな気分で、ヤツを挑発してやった。
ここで恥をかけばいい。
そう思ったのも束の間

「そうだよ。悪い?」

シレッと返事しやがった。
「はい?」
予想外の返事に、俺は反応が遅れた。
あかねも真野の発した言葉の意味を理解できずにいたようだ。

なんだこれ
コントかよ。
本気で告白?

「ちょ、お前冗談はそこまでにしとけって」

だって普通、他の男と話してる前で
告白するやつがいるかよ?
こっちの都合はお構いなしってか。

「冗談じゃねえし」
真顔で答える様子を見て、ますますムカついた。
なんでそんなに自信あるんだよ。
お前、あかねの何なんだって言うんだよ。

周りがザワザワしてきたのを見て、あかねも困っているようだ。
全く、いい迷惑だ。
この際、徹底的に決着つけてやろうじゃねえか。

「オイあかね、お前……真野とどうなってんの?付き合ってんの?」
おかしくて笑える。
あかねの驚いた顔を見て、真野の告白は今初めて聞いたのだと確信する。

あかね、急に告られて困ってるじゃねえか。
そんなヤツ、やめとけよ。
知らなかった、って言えばいい。

なのに

「だーかーらー、今から付き合うんだよ」

俺の目の前で、ふざけたヤツが
あかねの肩を抱き寄せ、笑顔でそう言った。

ふざけんな

「俺はオマエにじゃなくてあかねに聞いてんだけど」

あかねも何真っ赤になってんだ。
俺の前でそんな顔見せたことないだろうーーー

と、気付いて
嫌な予感がした。

もしかして。
まさか。

「なあ、どうなの」
やめてくれ。
知らないって、困るって言えよ

「…そ、そうだよ。つ、付き合うんだから」

心臓を、えぐられた気がした。
今、何と

「はっ、嘘くせー」
嘘だと言ってくれよ
だよね、っていつもどおり茶化してくれよ

「…嘘だと思ってくれてもいいよ。だからもう、ノートは自力で頑張ってね」

彼女が俺の目を見てそう言った。
これは、事実だと。

「行こう、授業始まっちゃう」
「だね」

二人は呆然とする俺に背を向けて、二人で歩き始めた。

こんなはずじゃ、なかった。
どうして
いつから

「……っ!」
言葉にならない苛立ちを、近くにあったゴミ箱にぶちまける。
ゴミ箱は大きな音を立ててひしゃげた。

興味半分で見ていた野次馬たちも、それを見て蜘蛛の子を散らしたかのようにその場を離れる。
一体何が起きたのか
当事者の俺にすら、理解するのにしばらく時間がかかった。




真野のどこが良かったんだろうか。
俺はアイツを良く知らない。
ただ、俺のほうがずっと長い間
あかねの近くにいたんだ。
それなのに、どうして。

最初はそんな風に思っていたけれど
少しずつ時間が経ち、冷静さを取り戻すと

先に離れたのは、俺だったということに気が付いた。
友達だから、とそれ以上の仲になることを選ばず
自分のことを好きだと言ってくれたミキの隣を選んだ。

「はは、情けねえや」

数日後、二人が仲睦まじく下校する様子を
いつの間にそんな仲良くなったのかと遠い目で見守った。

悔しい。
アイツの隣に並べないことが、こんなにもどかしく思う日が来るとは。
思わず右手を握りしめた瞬間、スマホの震える音がした。
未読メッセージが一件。
「話は聞いたよ。大丈夫かな?」

「ミキ……」

返事をしようとして、視界がにじむ。
「マジか。情報早いな」
「まあね」
「こんなことで俺が凹むわけねえだろ」
「そっか。なら良かった」
「おうよ」

そう返事を送ってから、少しだけ考えて。
「ありがとう」
とだけ、送った。
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