こんな恋のはじまりがあってもいい
後に残るのは
「…………」
「…………」

うん、気まずいね。

予想通りの展開だと苦笑いしていると
「……あの」
祐樹くんが遠慮がちに声をかけてきた。
「うん?」
また質問かな、と顔を向けると
「……真野さんって、凄いですね」
「え?」
「余裕があるっていうか……落ち着いてますよね」
「そんなことないけど」

何を突然、とおどけてみせると
「俺、正直反対でした」
「反対って?」
「姉貴と、真野さんが付き合うってことに」
「…………」

直球ですね。

「もっと、チャライ人かと思ったんです」
「え」
「だって、姉貴があんなに浮かれてるの初めて見るから」
「浮かれてる?」
予想外の言葉に、俺はつい聞き込んでしまった。

弟の祐樹くんは頷いて
「毎日ご機嫌で気味が悪いくらいですよ。だからーーーどんな相手なのか気になったんです」
「…………」
なるほど。
と、言うことはーーー

「やっぱり、勉強ができないってワケないよね?」
「バレましたか」
「うん、おかしいなって思った」
「……すみません」
「いや、面白い話が聞けたからいいよ」

思ったとおりだった。
それにしても
「そんなにお姉さんは浮かれてるの?」
気になる。

「今までと別人ですよ、だから心配したんです。口先で優しくされて舞い上がってんじゃないかって」
「なんとまあ」
「チャライ人だったら、俺からお断りしようと思ってました」
「おっと」
物騒な話だ。

弟くん、なかなか姉さんの事……好きだねこれは。
はは、と笑って誤魔化したものの、内心冷や汗をかいた。
そんな俺の焦りなんてつゆ知らず。彼は言葉を続けた。

「だけど、真野さんが思った以上に凄い人で……納得です」
「それはどうも」
「安心しました」
「それを聞いて俺も安心しました」
二人で顔を見合わせて、笑う。

けれども急に真顔になって
「だけどーーー節度は守ってくださいね?」
「んなっ」
何を急に言い出すのか。

「そこだけは、譲れませんから」
「…………はは」
まだ、大丈夫です。
とりあえず、そこは。

それにしても
「……姉さんの事が大事なんだね」
仲の良い姉弟だな、と微笑ましくなった。
彼は素直に頷く。
「あんな姉でも、姉ですから」
「俺も姉がいるから、少しだけ分かるかも」

姉貴にオトコができたら万歳三唱だけど、と心の中でそっとボヤく。

少し空気が和んだところで、当の本人が戻ってきた。
「冷蔵庫にアイス入ってるの忘れてた」
そう言ってカップアイスを三つ抱えてソファに座る。

「祐樹、勉強できた?」
「当たり前だろ」
「真野くん、教えるの上手でしょ」
「……まあね」

素直じゃない態度が自分と重なって少し笑える。
姉貴に世話を焼かれてうっとおしいけど、なかったら寂しいような。
弟ってそんなモンかもね。

美味しくアイスをいただいた後、
予定以上に勉強が捗った、と嬉しそうに話し
「真野さん、今日はありがとうございました」
彼はぺこりと頭を下げた。

そしてーーーリビングを出ようとして振り返り
「約束、忘れないでくださいね」
と言い残して、ドアを閉めた。

「約束?」
あかねがキョトンとして俺に尋ねる。
「うーん」
俺は苦笑するしかなかった。

守るよ。
今は、ね。

「また勉強教えてくれるの?」
「うん?うーん、まあそんなとこかな」
「えーじゃあ私も教えてね」
「あかねさんは自分で出来るっしょ」
「真野くんに教えてもらいたいの」

なんとまあ可愛い事を
約束、守れそうにないですワタクシ。

「ま、そのうちね」
「なにそれ」
適当にごまかしつつ、隣に座る彼女の肩をそっと寄せて
軽く唇を重ねる。

「ん……」
「ストロベリー、ごちそうさま」
「あ」

じゃあバニラもちょうだい、と彼女から顔を近づけてくる。
溶けそうだ。
俺が。

不意にさっきの声が頭をかすめる。
『節度は守ってくださいね?』
すみません。今日はここまでにしておきます。

リビングに差し込む夕日が、いつもより優しく見えた。
< 41 / 43 >

この作品をシェア

pagetop