いちばん、すきなひと。
終わりは、始まりーーー当たり前のこと。
ひとつステップを踏んだと、自分で褒めておこう。
甘い時間に流されなかった自分を。
野々村に押された背中の感覚が、まだ少し残る。
これのおかげかもしれない。
文化祭はまだ続く。
一通り、校内を歩き回って
疲れて教室に戻ってきた。
似たようなメンバーが既に寛いでいる。
「おつかれー」
「もうそろそろ最後のクラスが終わるよね、舞台」
そうだ。
後は集計と、結果発表ーーーーーー
体育館でのアナウンスは、校内放送として全校生徒に伝わる。
「お待たせしました、それでは今年のベスト舞台を発表します。優勝は………1年5組!皆さん、盛大な拍手をお願いしますっ!」
「やっ……たー!」
私たちは万歳のポーズで飛び上がった。
「放送聞いた?ベスト舞台優勝っ!」
廊下から、同じ制作部隊の友人が走り込んできた。
「聞いた聞いた!体育館行こう」
私たちは委員長のいる体育館へ走る。
「委員長ー!やったー!」
もうクラスの皆が集まっている。
みんなで抱き合い、喜んだ。
委員長が涙目で私の肩を掴む。
「みやのっちのおかげだよーありがとー!」
すると皆も口々に
「みやのっちー!」
と、言いながら私の頭やら肩やら背中をバシバシ叩き出す。
痛いってば。
だけど、心地いい。
皆に認めてもらえたような。
舞台上で委員長が表彰される。
「皆で協力して、最高の舞台を創り上げます!」
クライマックス公演の宣言、だ。
体育館から拍手が湧き上がる。
優勝クラスの舞台開演までは、あと一時間。
「よし!皆でやるぞー!」
「おー!」
委員長の掛け声に合わせ、皆で拳を振り上げた。
このクラス、ほんとノリがいい。
中学の合唱コンクールを思い出した。
あの時は最初皆バラバラで、まとめるのが難しかった。
それでも、なんとか最後は皆で力を合わせて優勝し、代表として出場もした。
あの高揚感を今、久しぶりに感じる。
このクラスは、最初から否定したり揚げ足を取るようなメンバーがいない。
珍しく皆のテンションが高い。
委員長のまとめ方も上手いのだと思う。
私なんかより上手に皆を持ち上げる。
このクラス、最高!
道具のチェックを急ピッチで進め、補修を友達に任せる。
その傍らで私は再度、代役の流れを他の出演メンバーと確認した。
「みやのっち、大丈夫か?」
野々村の声に、私は振り返る。
彼はいつも、タイミング良く声をかけてくれる。
私の欲しい言葉を、欲しい時に。
だから、惹かれるんだ。
きっと。
「だーいじょーぶっ」
緊張してかなり引きつった笑顔だったと思うけど、とりあえず笑って答えておく。
「終わったら打ち上げな!」
彼が掌を私に向けて挙げる。
思い出した。
「よっしゃ!」
私も手を挙げる。
パン、と心地よい音が響く。
昨年と同じ。
何も変わらない距離。
その空気に安心して、少しだけ勇気をもらった。
「行ってこーい」
舞台へ行こうと前を向き直した拍子に
トン、と軽く背中を叩かれる。
大丈夫。
頑張ります。
舞台より、その後の事を少し思って。
私は、舞台袖から中央のライトの下へと走った。
舞台は、予選を見なかった人たちがここぞとばかりに集まっていた。
この後フィナーレの軽音部の演奏が控えているので、それを目当てに来てる人もいた。
その、たくさんの人達が
私たちに拍手を送ってくれた。
人前に立つ事がこんなにも楽しいと思った事はなかった。
自分に自信がなくて、いつもどう見られているか気になって。
それが平気になった事が何よりも嬉しい。
多分、皆がいるからだ。
ひとりじゃ、ない。
幕が下がり、鳴り止まない拍手の向こうで
私たちは抱き合って喜びを噛み締めた。
やれることはやったし、満足だ。
だけどまだ
私にはやるべき事がある。
感動も冷めないまま、皆で教室へ戻る。
その間に、私はそっと抜け出した。
校舎の裏で、部長を待つ。
舞台の前に、メールで連絡しておいた。
緊張する。
こうして、自分から彼を呼ぶのは初めて。
「ごめん、待った?」
しばらくして、心地の良い声が聞こえた。
胸が苦しくなる。
一度、奥歯を噛み締めてーーーー振り返る。
「私もさっき来たとこですよ」
何でもないフリをして、そう言う。
「……優勝おめでとう、出るなんて聞いてなかったけど。」
見てくれたんだ。
嬉しいけど少し恥ずかしくて。
私は下を向いて言い訳をする。
「今朝急に出れなくなった子がいて……最初は断ったんですけど、誰もいないからって無理矢理代役にされました。」
「そうなんだ。あんなに裏方やるって言ってたから、何かあったのかとは思ったけど。皆に出来る子って見られてるって事だね、よかったじゃん。」
そうなのかな。
確かに野々村なんかゴリ押しだったけど。
乗せやすいだけと思われているような気もするが。
はは、と私は笑って誤摩化す。
「……で、どうしてここに呼んだの?」
ごく当たり前の質問。
本題です。
「……ちょっと、話をしたいと思いまして。色々と。」
喉の奥が締め付けられる。
声が出しにくい。
だけど、言う。
既に泣きそうになってるけど、こらえろ自分。
私が泣くのはここじゃない。
「……何の話、かな」
二人の空気が、いつもと違う。
きっと彼はもう気付いているだろう。
頭の中にある考えを、声に出して現実にしてしまうのが、怖い。
「ずっと、悩んでいた事があるんです。」
「…………」
彼は黙って話を聞く。
「上手く話せないかもしれません。だけど、部長にだけは正直に伝えたくて。……初めて、美術室で部長の絵を見た時、本当に心を奪われました。なんて繊細な、素敵な絵なんだろうって。この絵を描く人はどんな人なんだろうって思ってました。それが部長だったと知った時、とても感激したんです。思った通りの人だった……って。」
彼はどんな顔をして聞いているのか。
目が合わせられなくて下を向いている私には分からない。
「それから、美術部に入って、部長に会うのが楽しみでした。素敵な人で、友達とその話で盛り上がるのも楽しかったです。部長は人気者ですよ。皆の憧れなんです。だからこそ、私は部長に近づく事なんて無理だと思ってました。遠くから眺めているだけでいいと思っていたんです。」
これは、本当の事だ。
野々村とは別の、憧れの気持ちで毎日、目の前の彼を見ていた。
「それが、あんな事をきっかけに仲良くなれて。部長は私を本当に大事にしてくれました。大事になんてされた事のなかった私には、それがとても嬉しくて。あの事件は怖かったけど、部長と近づけたので喜んだのも確かです。毎日、一緒に帰る時間がとても幸せでした。」
今でも、ハッキリ覚えてる。
二人で歩く帰り道。
思い出すだけで切なくなる。
「初めて、部長の前で女の子を意識しました。可愛いって思われたくて。そんな自分に気付いたのも、部長がいてくれたからです。部長と会えない事も切なくて寂しくて。帰った後もすぐに会いたいと思ったし、声が聞きたいと思う事もありました。本当に、好きなんです。」
正直に言う。
それが彼を傷つける事だとしても。
「だけど……ずっと悩んでました。もう一人、気になる人がいるのです。その人は私を女扱いしません。
ただの友達です。だけど、ずっと想っていた人で。諦めようとしました。もう、友達以上にはなれないのだから、と。」
でもこれは、多分
私の単なる自己満足発言なのだとも気付いている。
これは単なる言い訳。
自分を正当化したいだけ、だ。
部長に、そう思われても仕方ない。
嫌われても、仕方ない。
だけど、迷ったまま嘘を突き通すのが、嫌だった。
どちらにもいい顔をしようとする自分が、嫌だった。
「だけど、そんな心を持ったまま……部長とつき合うのが辛くて。結局どちらも好きで選べないなんて…ただの傲慢だと気付いていて。それでも部長の手を離すのが辛くて。ずっと、ずっと悩んでました。」
私の目から、堪えていた一粒が流れた。
もう、止まらない。
「部長との時間も大切で、だけどその友達との時間もすごく大切で。どちらかに偏るのが怖かったんです……!結局、どちらにも嫌われたくないような、そんな都合のよい自分勝手な心に……自分で嫌気がさしました。」
嗚咽が止まらない。
でも最後までちゃんと言わないといけない。
「だから……だからっ…………」
しゃくりあげる私の声を、彼は遮った。
「もういい」
とても、冷たい声だった。
私の声は、止まってしまった。
「……もう、いいんだ。」
それから。
どのくらい経ったのだろう。
時間の感覚が分からない。
しばらく、二人で無言の時間を過ごした。
風が冷たくなる。
遠くで、軽音部の演奏がかすかに聞こえた。
「……距離を、置けばいいのかな。」
ふいに、部長が切り出した。
私は無言で、彼を見る。
とても、寂しそうな目をしていた。
私は、胸に何か刺さったような痛みを覚えた。
「……ごめんなさい…………」
もう、それしか言えなかった。
あんなに好きだったのに。
離れてしまった。
自分から。
嘘をついてでも、側にいてもよかったのかもしれない。
部長を好きな事に、変わりはない。
だけど。
それが部長に対する誠意だとは思えなかった。
好きだからこそ。
中途半端な事はしたくない。
ただ、それだけ。
しばらく部長は、私を見つめていたが。
短く溜息をついて。
「……分かった。俺も、麻衣ちゃんの事考えずに突っ走った感じはするしね」
決して笑う事なく、彼は真っすぐに私を見てそう言った。
「そんな事ないです!私が悪いだけなんです……こんなんでホント……ごめんなさい……」
申し訳ない。
その気持ちで胸がいっぱいだった。
だけど
謝れば謝るほど
彼を傷つけるような。
傲慢に聞こえるようなこの言葉が、恨めしい。
他に何も見つからない。
「……いいよ。でも……また、部活で会えたりはするかな。今までみたいに。」
きっとそれは、
ただの部長として。部員として。
少し離れた所で。
とても寂しい事。
だけど
私はコクコクと頷いた。
それはそれで、とても残酷な事のような気もするのだが。
彼は優しく、切なげに笑う。
「……ありがとう。じゃ、またね」
いつも聞いた、この言葉。
もうこれで、最後。
苦しい。
だけど、前に進まないといけない。
「……またね……。」
また。
私がもう少し成長して。
もう一度、あなたに恋をしたら。
その時は
私から、あなたに告白してもいいでしょうかーーーーーー
なんて、とっても都合のいい話かもしれないけれど
そうでも思わないと、私はこの場に立っていられない。
こんな卑怯な、ズルイ私を
どうか許してください。
どうか。
彼が立ち去るのを見送って。
私は泣いた。
大声を上げる訳にもいかず
ただ、黙って。
静かに、泣いた。
でもこれでひとつ分かった。
中途半端な気持ちは
かえって相手を傷つけるという事。
恋の終わりは悲しいけれど
新しい自分への一歩だと思いたい。
次の恋は、もっと素敵になりますように。
だけど
しばらくはもう。
恋なんて、したくない。
甘い時間に流されなかった自分を。
野々村に押された背中の感覚が、まだ少し残る。
これのおかげかもしれない。
文化祭はまだ続く。
一通り、校内を歩き回って
疲れて教室に戻ってきた。
似たようなメンバーが既に寛いでいる。
「おつかれー」
「もうそろそろ最後のクラスが終わるよね、舞台」
そうだ。
後は集計と、結果発表ーーーーーー
体育館でのアナウンスは、校内放送として全校生徒に伝わる。
「お待たせしました、それでは今年のベスト舞台を発表します。優勝は………1年5組!皆さん、盛大な拍手をお願いしますっ!」
「やっ……たー!」
私たちは万歳のポーズで飛び上がった。
「放送聞いた?ベスト舞台優勝っ!」
廊下から、同じ制作部隊の友人が走り込んできた。
「聞いた聞いた!体育館行こう」
私たちは委員長のいる体育館へ走る。
「委員長ー!やったー!」
もうクラスの皆が集まっている。
みんなで抱き合い、喜んだ。
委員長が涙目で私の肩を掴む。
「みやのっちのおかげだよーありがとー!」
すると皆も口々に
「みやのっちー!」
と、言いながら私の頭やら肩やら背中をバシバシ叩き出す。
痛いってば。
だけど、心地いい。
皆に認めてもらえたような。
舞台上で委員長が表彰される。
「皆で協力して、最高の舞台を創り上げます!」
クライマックス公演の宣言、だ。
体育館から拍手が湧き上がる。
優勝クラスの舞台開演までは、あと一時間。
「よし!皆でやるぞー!」
「おー!」
委員長の掛け声に合わせ、皆で拳を振り上げた。
このクラス、ほんとノリがいい。
中学の合唱コンクールを思い出した。
あの時は最初皆バラバラで、まとめるのが難しかった。
それでも、なんとか最後は皆で力を合わせて優勝し、代表として出場もした。
あの高揚感を今、久しぶりに感じる。
このクラスは、最初から否定したり揚げ足を取るようなメンバーがいない。
珍しく皆のテンションが高い。
委員長のまとめ方も上手いのだと思う。
私なんかより上手に皆を持ち上げる。
このクラス、最高!
道具のチェックを急ピッチで進め、補修を友達に任せる。
その傍らで私は再度、代役の流れを他の出演メンバーと確認した。
「みやのっち、大丈夫か?」
野々村の声に、私は振り返る。
彼はいつも、タイミング良く声をかけてくれる。
私の欲しい言葉を、欲しい時に。
だから、惹かれるんだ。
きっと。
「だーいじょーぶっ」
緊張してかなり引きつった笑顔だったと思うけど、とりあえず笑って答えておく。
「終わったら打ち上げな!」
彼が掌を私に向けて挙げる。
思い出した。
「よっしゃ!」
私も手を挙げる。
パン、と心地よい音が響く。
昨年と同じ。
何も変わらない距離。
その空気に安心して、少しだけ勇気をもらった。
「行ってこーい」
舞台へ行こうと前を向き直した拍子に
トン、と軽く背中を叩かれる。
大丈夫。
頑張ります。
舞台より、その後の事を少し思って。
私は、舞台袖から中央のライトの下へと走った。
舞台は、予選を見なかった人たちがここぞとばかりに集まっていた。
この後フィナーレの軽音部の演奏が控えているので、それを目当てに来てる人もいた。
その、たくさんの人達が
私たちに拍手を送ってくれた。
人前に立つ事がこんなにも楽しいと思った事はなかった。
自分に自信がなくて、いつもどう見られているか気になって。
それが平気になった事が何よりも嬉しい。
多分、皆がいるからだ。
ひとりじゃ、ない。
幕が下がり、鳴り止まない拍手の向こうで
私たちは抱き合って喜びを噛み締めた。
やれることはやったし、満足だ。
だけどまだ
私にはやるべき事がある。
感動も冷めないまま、皆で教室へ戻る。
その間に、私はそっと抜け出した。
校舎の裏で、部長を待つ。
舞台の前に、メールで連絡しておいた。
緊張する。
こうして、自分から彼を呼ぶのは初めて。
「ごめん、待った?」
しばらくして、心地の良い声が聞こえた。
胸が苦しくなる。
一度、奥歯を噛み締めてーーーー振り返る。
「私もさっき来たとこですよ」
何でもないフリをして、そう言う。
「……優勝おめでとう、出るなんて聞いてなかったけど。」
見てくれたんだ。
嬉しいけど少し恥ずかしくて。
私は下を向いて言い訳をする。
「今朝急に出れなくなった子がいて……最初は断ったんですけど、誰もいないからって無理矢理代役にされました。」
「そうなんだ。あんなに裏方やるって言ってたから、何かあったのかとは思ったけど。皆に出来る子って見られてるって事だね、よかったじゃん。」
そうなのかな。
確かに野々村なんかゴリ押しだったけど。
乗せやすいだけと思われているような気もするが。
はは、と私は笑って誤摩化す。
「……で、どうしてここに呼んだの?」
ごく当たり前の質問。
本題です。
「……ちょっと、話をしたいと思いまして。色々と。」
喉の奥が締め付けられる。
声が出しにくい。
だけど、言う。
既に泣きそうになってるけど、こらえろ自分。
私が泣くのはここじゃない。
「……何の話、かな」
二人の空気が、いつもと違う。
きっと彼はもう気付いているだろう。
頭の中にある考えを、声に出して現実にしてしまうのが、怖い。
「ずっと、悩んでいた事があるんです。」
「…………」
彼は黙って話を聞く。
「上手く話せないかもしれません。だけど、部長にだけは正直に伝えたくて。……初めて、美術室で部長の絵を見た時、本当に心を奪われました。なんて繊細な、素敵な絵なんだろうって。この絵を描く人はどんな人なんだろうって思ってました。それが部長だったと知った時、とても感激したんです。思った通りの人だった……って。」
彼はどんな顔をして聞いているのか。
目が合わせられなくて下を向いている私には分からない。
「それから、美術部に入って、部長に会うのが楽しみでした。素敵な人で、友達とその話で盛り上がるのも楽しかったです。部長は人気者ですよ。皆の憧れなんです。だからこそ、私は部長に近づく事なんて無理だと思ってました。遠くから眺めているだけでいいと思っていたんです。」
これは、本当の事だ。
野々村とは別の、憧れの気持ちで毎日、目の前の彼を見ていた。
「それが、あんな事をきっかけに仲良くなれて。部長は私を本当に大事にしてくれました。大事になんてされた事のなかった私には、それがとても嬉しくて。あの事件は怖かったけど、部長と近づけたので喜んだのも確かです。毎日、一緒に帰る時間がとても幸せでした。」
今でも、ハッキリ覚えてる。
二人で歩く帰り道。
思い出すだけで切なくなる。
「初めて、部長の前で女の子を意識しました。可愛いって思われたくて。そんな自分に気付いたのも、部長がいてくれたからです。部長と会えない事も切なくて寂しくて。帰った後もすぐに会いたいと思ったし、声が聞きたいと思う事もありました。本当に、好きなんです。」
正直に言う。
それが彼を傷つける事だとしても。
「だけど……ずっと悩んでました。もう一人、気になる人がいるのです。その人は私を女扱いしません。
ただの友達です。だけど、ずっと想っていた人で。諦めようとしました。もう、友達以上にはなれないのだから、と。」
でもこれは、多分
私の単なる自己満足発言なのだとも気付いている。
これは単なる言い訳。
自分を正当化したいだけ、だ。
部長に、そう思われても仕方ない。
嫌われても、仕方ない。
だけど、迷ったまま嘘を突き通すのが、嫌だった。
どちらにもいい顔をしようとする自分が、嫌だった。
「だけど、そんな心を持ったまま……部長とつき合うのが辛くて。結局どちらも好きで選べないなんて…ただの傲慢だと気付いていて。それでも部長の手を離すのが辛くて。ずっと、ずっと悩んでました。」
私の目から、堪えていた一粒が流れた。
もう、止まらない。
「部長との時間も大切で、だけどその友達との時間もすごく大切で。どちらかに偏るのが怖かったんです……!結局、どちらにも嫌われたくないような、そんな都合のよい自分勝手な心に……自分で嫌気がさしました。」
嗚咽が止まらない。
でも最後までちゃんと言わないといけない。
「だから……だからっ…………」
しゃくりあげる私の声を、彼は遮った。
「もういい」
とても、冷たい声だった。
私の声は、止まってしまった。
「……もう、いいんだ。」
それから。
どのくらい経ったのだろう。
時間の感覚が分からない。
しばらく、二人で無言の時間を過ごした。
風が冷たくなる。
遠くで、軽音部の演奏がかすかに聞こえた。
「……距離を、置けばいいのかな。」
ふいに、部長が切り出した。
私は無言で、彼を見る。
とても、寂しそうな目をしていた。
私は、胸に何か刺さったような痛みを覚えた。
「……ごめんなさい…………」
もう、それしか言えなかった。
あんなに好きだったのに。
離れてしまった。
自分から。
嘘をついてでも、側にいてもよかったのかもしれない。
部長を好きな事に、変わりはない。
だけど。
それが部長に対する誠意だとは思えなかった。
好きだからこそ。
中途半端な事はしたくない。
ただ、それだけ。
しばらく部長は、私を見つめていたが。
短く溜息をついて。
「……分かった。俺も、麻衣ちゃんの事考えずに突っ走った感じはするしね」
決して笑う事なく、彼は真っすぐに私を見てそう言った。
「そんな事ないです!私が悪いだけなんです……こんなんでホント……ごめんなさい……」
申し訳ない。
その気持ちで胸がいっぱいだった。
だけど
謝れば謝るほど
彼を傷つけるような。
傲慢に聞こえるようなこの言葉が、恨めしい。
他に何も見つからない。
「……いいよ。でも……また、部活で会えたりはするかな。今までみたいに。」
きっとそれは、
ただの部長として。部員として。
少し離れた所で。
とても寂しい事。
だけど
私はコクコクと頷いた。
それはそれで、とても残酷な事のような気もするのだが。
彼は優しく、切なげに笑う。
「……ありがとう。じゃ、またね」
いつも聞いた、この言葉。
もうこれで、最後。
苦しい。
だけど、前に進まないといけない。
「……またね……。」
また。
私がもう少し成長して。
もう一度、あなたに恋をしたら。
その時は
私から、あなたに告白してもいいでしょうかーーーーーー
なんて、とっても都合のいい話かもしれないけれど
そうでも思わないと、私はこの場に立っていられない。
こんな卑怯な、ズルイ私を
どうか許してください。
どうか。
彼が立ち去るのを見送って。
私は泣いた。
大声を上げる訳にもいかず
ただ、黙って。
静かに、泣いた。
でもこれでひとつ分かった。
中途半端な気持ちは
かえって相手を傷つけるという事。
恋の終わりは悲しいけれど
新しい自分への一歩だと思いたい。
次の恋は、もっと素敵になりますように。
だけど
しばらくはもう。
恋なんて、したくない。