いちばん、すきなひと。
文化祭。
私が気合を入れて数週間。
あっという間にその日は来た。
文化祭。
昨年とは状況が全く違う。
だけどそれに戸惑うこともなく、淡々と流れに乗る。
私たちのクラスは念願の屋台、焼きそば屋になった。
クラスメイトの一人に、自宅が飲食店の子がいた。彼に頼めば材料も格安で手に入るという。
あっという間に店は決まり、場所取りも二年の貫禄でそこそこの場所を押さえる。
やはり昨年より要領を得てる分、皆に余裕があり準備も楽しめた。
当日、皆で決めた当番表通りに店番をする。
私は朝イチの担当だった。
夕方には美術部の展示の片付けがあるので
そっちも行けるように調整してもらったのだ。
エプロンを着け、三角巾を被る。
「ーーそれでは、皆様!今日は思いっきり楽しんでくださいっ!」
開始の挨拶が放送され、途端に校内は賑やかさを増す。
外部からも沢山人が来るので飲食関係は気合が入る。
なんせ今日の打ち上げ代もかかっているのだから。
「いらっしゃーい!美味しい焼きそば、今から買っておかないとお昼にはなくなりますよー」
テキトーな声掛けをする。
王道商品だけあって、すぐに人の列ができる。
まだ余裕でさばける程度ではあるが、そこそこ忙しい。
「はいはいー二人前お待ちー」
私は会計と商品の受け渡し係だ。
持ち前のお祭り好きを活かしてハイテンションで笑顔を振りまいていく。
そこへ、久しぶりに聞く声。
「よーみやのっちー、焼きそば四人前ちょうだい」
忘れるはずがない、この話し方。
「はいはい四人前ねー……って多くない?!一人で四人前?」
思わずノリツッコミのようなテンポで返してしまう。
本当は心臓が止まるかと思うくらいの衝撃だったのだけど。
久しぶりというのは、心臓に悪い。
と、同時に
距離があったはずなのに、まだこんな感情が残っているのかと再確認してしまう。
「バカかオマエ。何で俺一人で四人前も食うんだ」
目の前に立って出来上がりを待つ野々村は、呆れた顔でそう言った。
「アンタなら食べそうじゃん。育ち盛りだーって」
「いや確かにそうだけどもよ……って違う!流石にそれは無いっしょ。松田の分だ、松田の分。」
「なんで最後二回言ったのさ、どこ強調」
「俺のノリツッコミには反応せんのかい!あー松田の分が二人前ね」
「松田が二人前って事は……アンタも二人前食べるんでしょ」
「そ。」
ピンポーンとヤツは私のおでこを指で弾いた。
「あいたっ!もう、何するんだよっ。てか、やっぱり二人前は食べるんでしょ。この育ち盛りめが!」
「それくらいは当たり前。」
「何言ってんだか」
全く変わらない。
この会話のテンポ。
心地良い。
そうこうする間に焼きそばが出来上がる。
手提げ袋に入れて、手渡す。
「はい、お待ちどおさま。しっかり食べな!」
「売店のおばちゃんみたいだな」
「なんだって?失礼なっ」
「それだけ元気ならいいって事よ。ちょっと安心したわ。オマエちゃんと食べてんのか気になってたからさ」
袋を受け取るフリして、手首を掴まれる。
「こんな細っちい腕じゃ松田の首落とせねーぞ。いつか太い腕で締めるんじゃなかったのかよ」
何よその行動と台詞。
不意打ちだ。
「心配ご無用!こないだも旅行で海の幸散々食べ尽くしたしねー食べる時は食べてるんだってば」
「食べる時は、って毎日ちゃんと食えよ」
ズルい。
なんでアンタにそんな事言われなきゃならないんだ。
期待、しないはずなのに。
「はいはい食べてますって!なんならその四人前もここで食べてあげようか?」
こうなりゃ喧嘩腰になってやる。
そうでもしないと、ごまかせない。
彼はフフン、と不敵に笑って。
「食えるモンなら食ってみな!俺様が先に頂いてやる。あばよー」
片手を上げて帰って行った。
嵐のような時間だった。
長く、長く感じたのに
一瞬だった。
だからと言って、感傷に浸ってなんかいられない。
売り上げアップのために、私はひたすら目の前の客を捌いた。
「みやのっちーお疲れ様!交代だよー」
友達に言われて、もうそんな時間かと気付く。
仕事の引き継ぎを済ませて、エプロンを外す。
本日の任務完了。
あとは、楽しむだけ。
昨年は舞台のプレッシャーが大きくて、あまり楽しんだ覚えがない。
後に控えた出来事のせいもあったけど。
今年は、存分に楽しもう。
そう気合いを入れた時に、ポケットからの振動を感じた。
「麻衣?お疲れ様ー!今どこ?」
ユキだ。
「お疲れー今まだ屋台前だよ。さっき交代したとこだし」
一緒に回ろうと約束していた。
きっとその件だろう、と思ってはいたのだが。
次の彼女の言葉を、理解するのには少し時間がかかった。
「ーータクミたちが今来てるよ」
「……え?」
私はもう一度、電話を耳に押し当てた。
「だから、タクミとハルとタケルが来てるってば」
「どこに?」
「今、ここに。私んトコに連絡あって、合流したトコ。とりあえずそっち行くよ」
ユキはそう言って電話を切ったようだ。
耳に押し付けすぎて少し曇ったディスプレイに『通話終了』の文字が表示されている。
それを眺める事数分。
「あ、いたいた!麻衣ーっ」
ふと顔を上げると、向こうからユキが歩いてくるのが見えた。
その後ろに男子三人。
変な光景だ。
「おっ、ホントだ。麻衣じゃん」
「おーいっ」
「久しぶりー」
三人は私を見つけて手を振っている。
私は何となく恥ずかしくなって小さく、手を上げた。
「……久しぶり」
「明日、オープンキャンパスがあるからってこっち来たんだって。」
ユキの説明にタクミが補足する。
「そしたら今日文化祭って言うじゃん。それなら一日くらい早く行こうぜって事になってな」
「……てか、連絡くれるんじゃなかったの?」
素朴な疑問をぶつけてみる。
急すぎる、と思ったのだ。
「連絡したさ」
「……昨日の夜遅くにね。」
今度はユキが低い声で言う。
ホント、息がピッタリだと感心する。
この波長は従兄弟ならではなんだろうか。それともーー
「麻衣が俺に番号教えてくれてたら、もっと早く連絡したのに」
タケルが堂々とふてくされる。
その拗ね方は違うと思うのだが。
「まぁいいや、それより。麻衣のクラス焼きそば屋だって?俺腹減ったよー食べようぜ」
ハルがお腹をさすりながら催促する。
それもそうだと皆で焼きそばを注文する。
「加奈、焼きそば五人前だってー」
ちょうど交代で店に居た加奈は、私を見てーー後ろのメンバーに気付く。
「はーい……ってアレ?えっ、えっ?」
彼女のテンパリ具合に皆で吹き出す。
「驚いたでしょー、今私も同じ事されたんだよー」
私は加奈に同意を求める。
「えーっ!ホント言ってくれたらよかったのにー!焼きそば大盛りとかできたのにー」
「え、そうなの?」
「そうだよーなんでもっと早く言わないのよー」
……論点がズレていませんか。
「じゃ後で取りにくるから大盛り四つ!よろしくね」
タケルが加奈に笑顔で注文する。
「りょーかいっ。私が交代の時でよかったらそのままそっちに持って行けるけど。」
「わお、配達?スゲー」
「配送料250円頂きます」
「高っっ!」
加奈もなかなかの強者だと思う。
そりゃそうか。
彼女には大学生の彼氏がいる。
この間の旅行で暴露されて驚いた一番の話だ。
二番目グループだし、そんな華やかな話題なんて無縁だろうと勝手に思い込んでいた自分を反省したほどだ。
だからなのか、男子に対して堂々としているというか。
私のように、相手の反応をいちいち気にしない。
羨ましい限りである。
きっと彼女は関節キスがどうこうって話もスルーなんだろうな、と勝手に解釈してしまう。
自分が幼いだけなんだろうか。
「ーーそれじゃ、後でね」
加奈に注文を頼み、他の所を案内する。
ユキとどこに行こうか話をしながらも
私の目は、つい野々村を探してしまっていた。
あっという間にその日は来た。
文化祭。
昨年とは状況が全く違う。
だけどそれに戸惑うこともなく、淡々と流れに乗る。
私たちのクラスは念願の屋台、焼きそば屋になった。
クラスメイトの一人に、自宅が飲食店の子がいた。彼に頼めば材料も格安で手に入るという。
あっという間に店は決まり、場所取りも二年の貫禄でそこそこの場所を押さえる。
やはり昨年より要領を得てる分、皆に余裕があり準備も楽しめた。
当日、皆で決めた当番表通りに店番をする。
私は朝イチの担当だった。
夕方には美術部の展示の片付けがあるので
そっちも行けるように調整してもらったのだ。
エプロンを着け、三角巾を被る。
「ーーそれでは、皆様!今日は思いっきり楽しんでくださいっ!」
開始の挨拶が放送され、途端に校内は賑やかさを増す。
外部からも沢山人が来るので飲食関係は気合が入る。
なんせ今日の打ち上げ代もかかっているのだから。
「いらっしゃーい!美味しい焼きそば、今から買っておかないとお昼にはなくなりますよー」
テキトーな声掛けをする。
王道商品だけあって、すぐに人の列ができる。
まだ余裕でさばける程度ではあるが、そこそこ忙しい。
「はいはいー二人前お待ちー」
私は会計と商品の受け渡し係だ。
持ち前のお祭り好きを活かしてハイテンションで笑顔を振りまいていく。
そこへ、久しぶりに聞く声。
「よーみやのっちー、焼きそば四人前ちょうだい」
忘れるはずがない、この話し方。
「はいはい四人前ねー……って多くない?!一人で四人前?」
思わずノリツッコミのようなテンポで返してしまう。
本当は心臓が止まるかと思うくらいの衝撃だったのだけど。
久しぶりというのは、心臓に悪い。
と、同時に
距離があったはずなのに、まだこんな感情が残っているのかと再確認してしまう。
「バカかオマエ。何で俺一人で四人前も食うんだ」
目の前に立って出来上がりを待つ野々村は、呆れた顔でそう言った。
「アンタなら食べそうじゃん。育ち盛りだーって」
「いや確かにそうだけどもよ……って違う!流石にそれは無いっしょ。松田の分だ、松田の分。」
「なんで最後二回言ったのさ、どこ強調」
「俺のノリツッコミには反応せんのかい!あー松田の分が二人前ね」
「松田が二人前って事は……アンタも二人前食べるんでしょ」
「そ。」
ピンポーンとヤツは私のおでこを指で弾いた。
「あいたっ!もう、何するんだよっ。てか、やっぱり二人前は食べるんでしょ。この育ち盛りめが!」
「それくらいは当たり前。」
「何言ってんだか」
全く変わらない。
この会話のテンポ。
心地良い。
そうこうする間に焼きそばが出来上がる。
手提げ袋に入れて、手渡す。
「はい、お待ちどおさま。しっかり食べな!」
「売店のおばちゃんみたいだな」
「なんだって?失礼なっ」
「それだけ元気ならいいって事よ。ちょっと安心したわ。オマエちゃんと食べてんのか気になってたからさ」
袋を受け取るフリして、手首を掴まれる。
「こんな細っちい腕じゃ松田の首落とせねーぞ。いつか太い腕で締めるんじゃなかったのかよ」
何よその行動と台詞。
不意打ちだ。
「心配ご無用!こないだも旅行で海の幸散々食べ尽くしたしねー食べる時は食べてるんだってば」
「食べる時は、って毎日ちゃんと食えよ」
ズルい。
なんでアンタにそんな事言われなきゃならないんだ。
期待、しないはずなのに。
「はいはい食べてますって!なんならその四人前もここで食べてあげようか?」
こうなりゃ喧嘩腰になってやる。
そうでもしないと、ごまかせない。
彼はフフン、と不敵に笑って。
「食えるモンなら食ってみな!俺様が先に頂いてやる。あばよー」
片手を上げて帰って行った。
嵐のような時間だった。
長く、長く感じたのに
一瞬だった。
だからと言って、感傷に浸ってなんかいられない。
売り上げアップのために、私はひたすら目の前の客を捌いた。
「みやのっちーお疲れ様!交代だよー」
友達に言われて、もうそんな時間かと気付く。
仕事の引き継ぎを済ませて、エプロンを外す。
本日の任務完了。
あとは、楽しむだけ。
昨年は舞台のプレッシャーが大きくて、あまり楽しんだ覚えがない。
後に控えた出来事のせいもあったけど。
今年は、存分に楽しもう。
そう気合いを入れた時に、ポケットからの振動を感じた。
「麻衣?お疲れ様ー!今どこ?」
ユキだ。
「お疲れー今まだ屋台前だよ。さっき交代したとこだし」
一緒に回ろうと約束していた。
きっとその件だろう、と思ってはいたのだが。
次の彼女の言葉を、理解するのには少し時間がかかった。
「ーータクミたちが今来てるよ」
「……え?」
私はもう一度、電話を耳に押し当てた。
「だから、タクミとハルとタケルが来てるってば」
「どこに?」
「今、ここに。私んトコに連絡あって、合流したトコ。とりあえずそっち行くよ」
ユキはそう言って電話を切ったようだ。
耳に押し付けすぎて少し曇ったディスプレイに『通話終了』の文字が表示されている。
それを眺める事数分。
「あ、いたいた!麻衣ーっ」
ふと顔を上げると、向こうからユキが歩いてくるのが見えた。
その後ろに男子三人。
変な光景だ。
「おっ、ホントだ。麻衣じゃん」
「おーいっ」
「久しぶりー」
三人は私を見つけて手を振っている。
私は何となく恥ずかしくなって小さく、手を上げた。
「……久しぶり」
「明日、オープンキャンパスがあるからってこっち来たんだって。」
ユキの説明にタクミが補足する。
「そしたら今日文化祭って言うじゃん。それなら一日くらい早く行こうぜって事になってな」
「……てか、連絡くれるんじゃなかったの?」
素朴な疑問をぶつけてみる。
急すぎる、と思ったのだ。
「連絡したさ」
「……昨日の夜遅くにね。」
今度はユキが低い声で言う。
ホント、息がピッタリだと感心する。
この波長は従兄弟ならではなんだろうか。それともーー
「麻衣が俺に番号教えてくれてたら、もっと早く連絡したのに」
タケルが堂々とふてくされる。
その拗ね方は違うと思うのだが。
「まぁいいや、それより。麻衣のクラス焼きそば屋だって?俺腹減ったよー食べようぜ」
ハルがお腹をさすりながら催促する。
それもそうだと皆で焼きそばを注文する。
「加奈、焼きそば五人前だってー」
ちょうど交代で店に居た加奈は、私を見てーー後ろのメンバーに気付く。
「はーい……ってアレ?えっ、えっ?」
彼女のテンパリ具合に皆で吹き出す。
「驚いたでしょー、今私も同じ事されたんだよー」
私は加奈に同意を求める。
「えーっ!ホント言ってくれたらよかったのにー!焼きそば大盛りとかできたのにー」
「え、そうなの?」
「そうだよーなんでもっと早く言わないのよー」
……論点がズレていませんか。
「じゃ後で取りにくるから大盛り四つ!よろしくね」
タケルが加奈に笑顔で注文する。
「りょーかいっ。私が交代の時でよかったらそのままそっちに持って行けるけど。」
「わお、配達?スゲー」
「配送料250円頂きます」
「高っっ!」
加奈もなかなかの強者だと思う。
そりゃそうか。
彼女には大学生の彼氏がいる。
この間の旅行で暴露されて驚いた一番の話だ。
二番目グループだし、そんな華やかな話題なんて無縁だろうと勝手に思い込んでいた自分を反省したほどだ。
だからなのか、男子に対して堂々としているというか。
私のように、相手の反応をいちいち気にしない。
羨ましい限りである。
きっと彼女は関節キスがどうこうって話もスルーなんだろうな、と勝手に解釈してしまう。
自分が幼いだけなんだろうか。
「ーーそれじゃ、後でね」
加奈に注文を頼み、他の所を案内する。
ユキとどこに行こうか話をしながらも
私の目は、つい野々村を探してしまっていた。