いちばん、すきなひと。
知りたくない。
夏が過ぎ。
私たちは部活を、引退した。

三年間。一生懸命やって来た事。
その集大成を、試合で発揮できた。
地区大会、3位。
充分だったと思う。

欲を言えば、先輩達のように
全国大会まで行きたかった。
でも、自分たちの実力はよく分かっている。

だからこそ。
三位で、表彰状を受け取り。
こうしてカタチに残せただけでも、満足している。


部活動の都合上、練習場所がバスケ部とカチ合うのが
少し、自分にとって面倒な展開ではあったけど。
それはそれで楽しくできた、と思っておく。


野々村と直子も順調に仲良くしているようで。
最近では堂々と、お互いの教室を行き来しているようだった。

私にはもう、関係のない話だ。


そんなある日。
優子と珍しく二人で帰る時があった。
バスケ部の練習に、OBとして宮迫たちがつき合うそうで。
直子は生徒会があるから、と学校に残った。
陽子はバスケ部の練習を見て行くと言ってたけど
優子は家で用事があるらしく、先に帰るからという事で。

二人で歩くのは、久しぶりだった。

他愛無い話と、宮迫とその後どうなってるか、なんて
二人でしかできない話を織り交ぜる。

その中で、ふいに優子がこんな話をした。
「……本当はね。直子、みやのっちの事気にしてたみたいだよ」
「何で?」
「みやのっちは野々村と仲いいでしょ。だから、キッカケを作ってくれた事は感謝してたけど、ヤキモチ妬いてたって。野々村があまりにもみやのっちの話ばっかりするから。」
「はぁ?なんでそんなトコで私の話が出るワケ」

ちょっと迷惑な話だと思った。
もう、関係ないと思っているのに。

「みやのっち、同じクラスでしょ。クラスで楽しそうじゃん。」
「そりゃね、それなりに。」
「多分、直子は不安なんだと思うんだけどね……でも。最近、野々村も優しくなったみたいだから大丈夫かな。」
「知らんがな」
思わず本音が出てしまった。

優子はハッとして、ごめんね、と言ってくる。
悪いのは、私だ。

「こっちこそ、ごめん。今の考えナシだった。」
何となく。気まずい。

「みやのっち、ひとつ聞いてもいい?」
優子が私を見て言った。
「……何を?」

「……みやのっちは。野々村の事、どう思ってるの?」

ドキリとした。
考えたくない話題だった。

あえて、避けてきたのに。

でもここはもちろん、お決まりの台詞で。
「何とも思ってないよー二人とも気にしすぎだって!
第一、私みたいなんが相手になるワケないでしょーが」
大げさに笑ってみた。
ワザとらしかった、だろうか?

「私は、こんなんだから皆オトコ友達のように寄ってくるだけだって!」
バンバンと優子の背中を叩く。

お願いだから、気にしないで。
そっとしといて。

そんな気持ちを込めて。


そんな話題。
私も、知りたくない。


声に出して、確定してしまおう。
「何とも、思ってない」

そうだ。
これでいい。


優子も、それ以上は聞かないようだった。

「ごめんね。変な事きいて」

あはは、と二人で笑い流して。
ところで宮迫とどこまでいってんの、と話題を切り替えて
家まで少しの道を、二人で楽しんだ。








そして秋が来る。
学校は、合唱祭の話題でもちきりだ。

毎年、全校でコンクールをする。
その中で優勝したクラスだけが
地域のコンクールへ出場出来るのだ。

せっかくやるのだから
目指すのは、優勝。

皆本気で練習する。

クラスによっては、全くノリ気じゃない所もある。
私のクラスはーーーーーーー半々といったところか。



ある日。
先生の都合で放課後練習ができないと言われた。

けれども。
8割の生徒がヤル気満々で。
ある生徒が
「先生!私たちだけで練習させてください!」
と、申し出た。

2割の生徒は「えー」とあからさまに面倒だと声を出したが。
ここは多数決で決定。
放課後も練習する事となった。

野々村は、指揮者をする。
これまた目立ちたがり屋の精神がよく出てやがる。


私は、委員長だったので
皆をまとめる役割をまかされて、いた。

正直、少し面倒だとは思っていた。
2割の生徒がヤル気のない時点で
私がヤリ玉に上がるのは目に見えていたからだ。

だけど。
張り切って練習をさせてくれと先生に嘆願したのは、私ではない。

私はどっちでもいいのだ。
皆がするなら一生懸命やるし、やらないなら諦める。
そんな人間なのだ。


2割の生徒がそれを理解するでもなく。
適当に暴言を吐く。

「あー、メンドクセーなぁ。誰だよ張り切ってんの」
「早く終わらせて帰ろうぜー」
そうだろうね、私もちょっとそう思う。
だけど立場上、言えないよ。

「まぁまぁ、キチっと集中してやったらできるからさ。ちょっとだけつき合ってよ」
やんわりと説得する。
「先生もいねーのに何でキチっとしなきゃなんねーんだよ。」

「だよねーだけどこれはクラスの行事だからさ。ちょっと協力してくれてもいいんじゃない?」
「協力してもイイ事ねーじゃん。どうせまた誰かが音外れてるとかケチつけて延々とやるんだろ?」

うーん、確かに先週そんな事があったな。

「じゃ今回は、内容を決めてクリアしたら終わりでいいんじゃない?時間制限するか、内容で決めるか」
「時間にしよ、5分で終了!」
ヒャハハ、とフザけて笑う奴がいる。

ちょっと腹が立ってきた。

「一応さ、同じクラスなんだからフザけないで付き合いなよ。今しかこんな事できないじゃん。」
私もちょっとムキになってきている。
マズイな、と内心思いながら、真面目に説得を試みる。

「最後のクラスだよ。もう二度と揃わないかもしれないクラス!」
「いんじゃない?二度と揃わないなら今も揃わなくて〜〜ははは」
この、のらりくらりとした態度が、苦手だ。
イライラする。

そして、上手く説得できない自分にも腹が立ってしまう。
嫌で早く帰りたい気持ちも分かるからこそ、
穏便に済ませたいのに。

「……とりあえずさ、2曲の通しだけでも参加してよ。やるのとやらないので違うから」
少し妥協案か、と思って提案してみる。
すると真面目な生徒がこれまた反論。
「そんな風に甘やかすから図に乗るんだよ。嫌なら帰ればいいじゃん。参加できずに惨めな思いすりゃいいよ」
「その代わり、優勝してもアンタらはコンクールにも出してあげないしクラスの一員として認めないから」

それは、違うんじゃないかな。
やっぱり合唱の目的って、みんなで力を合わせる事なんじゃないかな。

「じゃ勝手にしろよ。俺たちも勝手にする」
ホラ。こうなる。
そうじゃないのに。

あぁ、もどかしい。
私に説得の力が足りない。

「……フザけんのも大概にしろよな」
指揮棒を持ったまま、野々村が偉そうに言う。

「オマエら、どっちもどっちだ!協力しなくて何がクラスだよ。好き勝手やってりゃまとまるモンもまとまらねーだろうが!オマエらなんでコレやんのか考えろってんだ。」
「はぁ?何オマエ英雄気取り?」
「そんなに人の揚げ足とって楽しいかコラ。みやのっちが一生懸命波風立てないように頑張ってんの分かんねーのかよ!」

ドキリとした。
自分がそこで出るとは思わず。

「オマエら自分の事ばっかり考えてねーで、少しは委員長の立場を汲んでやれよ。結局クラスまとまらなかったらみやのっちの責任になっちまうだろうが!ホラ、泣きそうな顔してんじゃねーかよ」

おい、最後余計な事言うなよ。
我慢してたのに。

クラスの子達が一斉にこっちを見た。
止めてください。

皆の視線に耐えきれず、下を向いた。
目に溜まった涙が、重力に逆らえず、下に落ちた。

泣くなんて卑怯だ。
泣きたくなかったのに。
不甲斐ない自分が情けない。

皆をうまく取り持って
楽しく過ごせるようにしたかっただけなのに。

ホラこのお通夜のような空気。
どうしてくれよう。


だけど。
「……分かったよ。じゃ2回通して、下手しなかったら解散な!」
ゴネていた生徒の一人がそう言った。

あつまっていた8割の中から拍手が起こった。
まとまった。

凄い。
凄いよ、野々村。

アンタのほうが委員長向いてるよ。

私、立場ないね。
顔上げられない。

どうしようかと下を向いたまま、必死で考えていたら。
頭をポンポンと、撫でられた。
「……あんま、無理すんなよ。」

野々村がそう言った。

余計に、涙が止まらなくなった。

「ちょっ、何でそこで泣くんだよ、ワケ分かんねーなオイ。」
私の意外な行動に、野々村が焦っている。

そりゃそうだ、
人前で泣くなんて、した事がない。
涙は卑怯だと思っていた。


なのに。
涙が止まらない。


ずっと、言って欲しかった言葉だったのかもしれない。
無理を、していた。
色んな事に。
言い訳をして。

それを、アイツに悟られた気がした。



知りたくなかったのに。
知ってしまった。

認めて、しまった。

あぁ、私。
野々村の事、好きだわ。
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