いちばん、すきなひと。
どうしようもない問題は曖昧なまま放置する。
親と折り合いのつかない不毛な将来への道筋は、一旦忘れる事にした。
これ以上、ゴリ押しするのを諦めたのだ。

所詮、お金を出すのは親だと言われると
それ以上反論する気も失せる。

ただ、スッパリ諦める気にもならず。
少し時間を置く事にした。

まず、自分が行きたい所、行くであろう学校だと
どのくらいのお金が必要なのか確認しようと思ったのだ。
勝手なイメージだけで話し合っても仕方ない。
具体案を示せと言われたのだから、そうすれば良いだろう。

大差ないのならそれでいい。
あまりにも無理があるなら、解決策を考える事も必要だ。

その翌日から、私は進路指導室に通った。
先生が在中している訳ではないが、各学校の資料がたくさんあるので片っ端から調べられる。

春休みはここに通えない。
それまでに有力な手がかりを見つけたい。
終業式を迎えるまで私はここに通い、ひたすら棚からファイルを取り出しページをめくる毎日を過ごした。



そして春休み。
私はある程度まとまった資料を目の前に、方向性を絞った。

金額ばかり気にしていたのだが、結局無駄遣いをするような所であってはならない。
と、なるとやはり重要視すべきは内容だ。
学校の方針や将来性、何を学ぶか。

そう考えてようやく。
自分が将来どうなりたいのかを真剣に考える事となった。

いきなり美大に絞る必要もないかもしれない。
でも絵を学ぶ所でありたい。
4年制でなくても、短大でも美術に特化した学校はいくらでもある。
極端な話をすれば専門学校だってーー専門的な知識を学べる場所だ。

まだある程度選択肢は広げておこう。
そう思えるようになったのだ。

それだけでも成果と言えよう。
こうして、私の春休みは自分に向き合うカタチであっという間に過ぎた。
彼の事を考える暇もないほどに。


本当にすっかり、抜けていた。
新学期の朝、校門に張り出されたクラス替えの張り紙を見て
つい彼の名前を先に探してしまう自分に気付くまでは。

彼の名前を確認して、そこに自分の名前がない事に若干肩を落とす。
が、ある程度分かっていた事だ。
そう何度も奇跡は起こらない。
寧ろ、一年で同じクラスだった事が奇跡だったのだ。

あと一年もすれば、お互いに別々の道を歩む。
春休みの間、全く彼を想う事がなかったのは
自分に余裕が無かったのもあるが
こうなる事を予測していたのかもしれない。

ほらね、やっぱり。
距離が開くと、気持ちも落ち着くんだ。
そう、再確認しようとした。

「みやのっち、おはよー」
でもこうして、後ろから声をかけられると
つい、心臓が飛び跳ねてしまう。

「……おはよ。野々村何組?」
知ってるけど、敢えて聞く。
自分の名前より先に調べたなんて言えない。

「俺?7組。みやのっち1組だろ」
「あれ、何で知ってんの」
ちょっと嬉しかった。
気にかけてくれていたのかと。

「だって、一組から順に見るじゃん普通。」
「……あ、そ。」
当たり前の事で、更にガッカリする。
それでも。
名前を目に留めてくれたかと思うと、素直に嬉しく思う。
今はこれだけでもいい。

ほんの少し、彼の中に私という存在があるのなら。
それ以上の期待を持てないのが悲しいけれど。


「でもいいよなー1組って中三の時のクラスメイト率高くね?」
「……そう?」
自分の名前しか確認しておらず、言われて再度クラスメイトを確認する。
「……ホントだ。面白い。」
「だろー?いいなぁ。なんか懐かしいじゃん。俺も遊びに行こうっと」
「何でワザワザ」
「いいじゃん、中三のメンバー楽しかっただろ?」
「……確かに。」
私の中でもあの時が一番、楽しかった。
野々村とじゃれ合って、バカやって。
他の皆ともそれが当たり前のように過ごして。

「ってなワケで。またワーク借りに行くからよろしく」
「はぁ?なんでそこで……」
「じゃあな」
私の返事も聞かずに、彼は同じクラスらしきバスケ部の男子と仲良く校舎へ入っていった。

「麻衣、おはよ。また一緒だね」
隣で声がして、振り向くとユキが立っていた。
「おはよー!そうだね、結局三年間一緒だったね」
「こんな事もあるんだねー不思議だわ」
本当に。
どうやってクラス替えが行われているのか知りたいくらいだ。

こうして三年間一緒になる人もいれば
全く違うままの人もいる。
人数が多いので何とも言えないけど
やっぱり、野々村ともう一度同じクラスになりたかったという私の願いは
儚く脆いものだったと痛感するだけだった。

「そういや、松田も同じなんだよね。」
「えっ」
ユキに言われて、気付いた。
そういえば、松田の名前がある。

ここまで揃っているのに、何故彼だけが違うのだろうか。
神様を少しだけ、恨んだ。

でも、こうして離れていても話が出来る。
松田がいるなら、彼を通じてまた会う機会も増えるんじゃないか
どこまで自分はポジティブなんだろうかと呆れるけれど
それくらいは、いいよね。

ほら、春休みの間忘れてたなんて言って
距離が開けば心も、なんて言うのに。
こうやって。少しのキッカケで
すんなりとほだされてしまう。
自分の心が、分からなくなる。


新しい教室。
最後の学年。
「よーみやのっちー、また一緒だなー」
松田が手を振る。
「だねーよろしくー」
私も笑って返す。

「みやのっちだー、久しぶりだねーまたよろしくねー」
「ホントー三年ぶりー。面白いねなんか。よろしく」
見渡すと三分の一は元クラスメイトだ。
懐かしい気分になる。
彼がここに居ないのが、少し悲しいのだけれど。


こうして。
私の新しい生活が始まった。
進路希望がハッキリしていない分、皆より遅れを取っている感が否めないのだけど
それでも。
進むべき方向は定まっている。
それに向かって歩むだけ。

後は、悔いのないよう
毎日を楽しく過ごすだけ。


あの桜並木を歩けるのも、今だけ。
しっかりと目に焼き付けて
毎日を送ろう。




今日は初日なので、部活動は休みだ。
先生方も忙しいからだろう。

ユキと一緒に帰ろうと約束をしていたが、彼女はが先生に呼ばれてしまいーー私は教室で少し待つ事になった。
ひとり座って本を読む。

「あれ?まだいたの」
松田が教室に入ってきて、そう言った。
「うん、ユキを待ってるだけ……松田こそどうしたの?」
「え、俺?忘れ物。」
彼はそう言って、なにやらガサガサと机の中を片付けていた。
新学期早々なぜそんなに机の中が散らかるのか不思議で仕方ない。

「……教科書、初日くらい持って帰りなよ」
思わず言ってしまった。
コイツ、勉強する気あるんだろうか。

「ん?……あぁ教科書な。でも全部は重いじゃん」
「ってかアンタ自転車でしょ。重いとか関係ない気が……」
「いーの、俺はこれで」
「そう。」
私もそこまで言うつもりもなかったので、適当に切り上げる事にした。
読みかけていた本に視線を戻す。

彼はそんな私をチラリと見て、動きを止めた。
何か視線を感じて。私も思わず彼を見る。
「……何?」
「いや、別に何も」
「そう。」

じゃ何で見てたんだと思ったが。
気にしない事にした。
でも。

「……あのさ」
彼が何か言おうとしたので、再度本を伏せて顔を上げる。
松田は、自分の席に立ったままこちらを見ている。

一瞬、変な感じがした。

何かがおかしい。

「何?」
この空気がおかしくて、思わず聞き返してしまった。
彼は無言でこっちを見つめている。

なんだろう、この感覚。
周りが無音になるようなーー
そこまで考えて、ふと思い出した。

まさか。
そんなハズは。

思わず彼の目を見る。
見てはいけないような気もしたのだが。

「…………」
松田は口を開きかけたが、何も言わない。
気になる。
何を言おうとしているのだろうか。

でもこの感覚。
あの時と似てる。

部長と、二人でいた時のーーー


「みやのっちー!お待たせー!」
ユキが教室の扉をガラッと開けて帰ってきた。

あの、空気はどこかへ消えた。

それにホッとしながら
「……お帰りー」
チラリと松田を見る。

松田は何か不自然なそぶりで、カバンを引っ掴んだ。
ユキがそれに気付いて声をかける。
「あれ?松田どうしたのー忘れ物?」
「ん?、あぁそう。忘れ物。じゃな」
それだけ言って、サッサと帰ってしまった。

「新学期に忘れ物って、何やってんだろうねぇ」
ユキが呆れたように呟く。
私は、彼女の話を上の空で聞いていた。

さっきの変な空気は何だったのか。
でもあれは、似ている。あの時の感じに。
だけどーー


「あれ?もしかして麻衣、松田と何かあった?」
ユキが思い出したかのように聞いてくる。
勘がいいのか悪いのか。
「え?……ううん、何も。」
「そう、二人だったし何か話してたのかなって思って」
「忘れ物取りに来たって聞いてただけだよ。」
ふーん、とユキも頷いて鞄を持った。


あの空気は、彼といる時にしか
感じる事はなかった。
なんだろう。
思いが通じる瞬間とでもいうのだろうか。

でも、まさか。
相手はあの松田、だ。

まさか、ね。

単なる思い違いだろう。
それこそ恥ずかしい話だ。

私はそう思う事にして
ユキとの世間話に気持ちを切り替えた。


もしかして。
そういう空気とは
一方的でも人が念じる事によって
通じる何かがあるのかもしれない。
そう思ったけど
それを確認する術はなく。

それ以降、松田も特に
何か真面目な話を私にしてくる事はなかった。
それはそれでよかったと思う。

万が一、そんな話をされても
答えきれないからだ。
寧ろ気まずくなるのはごめんだ。

松田とも。
そして彼と友達の、野々村とも。
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