いちばん、すきなひと。
修学旅行は一大イベントのはず。
新しいクラスは、馴染むのが早かった。
そりゃそうだろう。
なんせ顔見知りが半分以上いるのだから。
だからーー学校生活の一大イベントでもある修学旅行は、すんなり楽しみにできる。
クラス替えをしたばかりの初顔合わせメンバーで、一体どうやって旅行を楽しめと言うのだ。と、内心腹立たしく思っていた日程なのだがーーその点は考慮されているのだろうか。それともただの偶然か。
とにかく、自分にとってはプラスに捉える事が出来そうだ。
進路についても少し自分なりに落ち着いたので、目の前の楽しみを味わう余裕がある。
「……という訳で今年の修学旅行は、北海道でのスキー体験二泊三日だ。」
しおりを配りながら担任が説明する。
教室がざわめく。
ざわめいた理由は良く見て半々といったところだろうか。
いや、個人的主観を考慮するなら八割は否定的な溜息に聞こえる。
スキー好きにはたまらない内容だろう。
そうでない者にとっては苦痛以外の何物でもない。
「……北海道は魅力的だけど二泊三日スキーって合宿じゃん」
私のぼやきに、前に座るユキがうんうんと同意する。
「せっかく行くなら観光にしてほしかったなぁ」
確かにこの時期にスキーをするなら北海道しかないだろう。
ギリギリ春スキーという訳か。
でも他にいくらでも行き先や内容はあったはずだ。
「自由時間までスキーとかマジやってらんない」
そうボヤいたところで今更変更される訳もなく。
せめてもの救いを部屋割りのメンバーに見出すしかなかった。
基本は全て班行動となっている。この班決めが一番重要だ。
幸い、このクラスは自由に班割りをしても良いと担任が言った。
皆で一斉に拍手をして各々でグループを組む。
「麻衣、もちろん一緒だよね?」
ユキが後ろを振り向いて私に確認する。
もちろん、と私が頷いた所に
「あたしらも、だよね?」
加奈と美羽が顔を出す。
この二人も同じクラスだ。なんと有り難い事だろう。
大したもめ事もなく、綺麗に班分けが出来たようで。
先生いわく5、6人で班を作って欲しいと言っていたのだが、大した問題ではなかったようだ。
「じゃこのメンバーで行動するように。基本は班行動だが、スキー実習については2〜3班単位での行動になるだろうからその辺も考えておきなさい」
はーい、と適当な返事をして。ホームルームは終了する。
「よかった!このメンバーでまた夜を過ごせるなんてねー」
「夏を思い出すねー」
「スキーは乗り気じゃないけど我慢するか」
キャッキャとはしゃぐ加奈と美羽の前で、私は両手を上げて大きく伸びをした。
ユキがそれを見て頷きながら苦笑いをしていた。
この時はまだ、修学旅行なんてただの団体行動だと思っていた。
皆がどうしてこんなにソワソワしているのか、よく分からなかった。
私だけが幼かったようだ。
それでも、旅行という非日常的なイベントはやっぱり楽しみで。
あれを持って行こうコレは使うだろうか、などと
しおりを見ながらあれこれ考えるのが楽しかった。
なのに。
あぁなんという事だろうか。
直前にして私は流行の風邪をもらってしまったようだ。
出発まであと3日という所で。
40度の発熱。
参った。
日頃の行いが悪いのだろうか。
そんなハズはないと思いたい。
運が悪かった、それだけだ。きっと。
『麻衣ー大丈夫!?』
ユキが心配してメッセージを送ってくれる。
スキーは乗り気じゃないと言ったが
修学旅行自体は行きたいのだ。
それなのに。あぁそれなのに。
『おーいみやのっちー生きてるかー』
松田からもメッセージが来た。
『ヤバイ死にそう』
とだけ二人に返事しておく。
もうスマホを持つ事すら煩わしい。
その後、何度か電話の震える音が聞こえたけど
出る余裕もなく。
私はひたすら熱にうなされ、ただただ目を閉じた。
結局、熱が下がったのは
前日の午後。
「麻衣、明日の修学旅行……どうする?」
母が困ったように訪ねる。
答えはもちろん
「行くに決まってる。熱上がっても行く」
こうなりゃ意地だ。
何が何でも行ってやる。
最後の修学旅行なのに、こんな事で参る私ではない。
担任が心配して電話をくれたようだ。
母が電話越しに何か話し込んでいる。
「……先生から電話あったけど、一応本人は行くつもりですって言っておいたわよ。」
「ん。ありがと。今から用意するよ。」
「アンタ、病み上がりで寒い所行くんだから気をつけなさいよ」
「分かってるって」
適当に返事をして。
少し気怠さの残る身体を起こし、カバンを引っぱりだして荷物を詰める。
そういや電話、と思い出してディスプレイを確認する。
色んな友達からのメッセージがありがたい。
着信まであるようだ。
「誰だろ……?」
ユキや松田の名前が並んでいる。
メッセージに返事がないから電話までしてくれたようだ。
そしてーー最後に表示された名前に思わずドキリとする。
「……野々村……」
掛け直すべきなのか迷いながら
先に友達からのメッセージを確認する事にする。
いつもの癖ーー面倒は後回し、だ。
ユキと松田、それに加奈や美羽をはじめ、他のクラスの友達からもたくさん連絡が来ていた。
こういう時、友達のありがたさを感じる。
皆、心配してくれてるんだ。
明日こそ元気な顔を見せないと。
ふと、最後に野々村からもメッセージが入ってる事に気付く。
『松田から聞いたぞー風邪らしいな。早く治せよー』
時間を見る限りでは着信後のようだ。
きっと電話に出ないからメッセージにしたのだろう。
慌てて掛け直さなくてよかったようだ。
たったこれだけの連絡なのに、
どうしてこうも、心があったかくなってしまうのだろうか。
彼にとってはごく普通の、松田たちと何ら変わらない言葉なのに。
こちらの勝手な都合でいいように解釈してしまう。
病み上がりのせいだと思っておく事にする。
荷物を整理し、明日の準備をする。
明日は絶対、行けますように。
そして翌日。
熱が上がる事もなく、スッキリと目覚めた私は
予定どおり学校へ向かった。
「麻衣!治った!?」
私の姿を見かけるなり一番に飛びついて来たのはユキだった。
「……ごめんねーなんとか治った。まだフラフラするけど」
昨夜、久しぶりに食べ物を口にしたのだ。
今朝もいつもより軽めの食事。
それにずっと寝ていたから体力の減りが半端ない。
丸2日寝込んだだけでこうもフラフラするとは。
「やっぱ体力作りは必要だね。」
はは、と苦笑いしていると
「みやのっち来たー!!おはよー」
加奈と美羽も飛んでくる。
その騒ぎを聞きつけて他のクラスメイトも皆声を掛けてくれる。
「復活した!?よかったー!」
「これで全員参加だね!」
「ホント間に合ったよかったなぁ。でもマジで大丈夫なのか?病み上がりで遠出スキーとか」
松田が心配してくれているようだ。
コイツは意外と優しいなと思う。
「イケるイケる。バスも飛行機も座ってるだけだし、スキーはヤバかったら部屋で昼寝でもするよ」
あはは、と軽く返事して。
いつも通りを心がける。
病み上がりなのはこの際仕方ない。
平気なフリをすればそれに身体も馴染んでくるものだ。
過去の経験からしてそうだと思っている。
「無理すんなよー倒れたらシャレならんぞー」
松田が冗談ぽくそう言って小突く。
「だーいじょうぶだってば!そんなヤワじゃないっての!」
「そうだよ松田、心配しなくても私がちゃんと見てるから」
ユキが私の肩を掴んでニッコリと言う。
なんか、怖いんですけど姉さん。
そのまま彼女は私に顔を近づけて
「雪の中でひっくり返るのだけは勘弁してよ。大変だから」
私は彼女の迫力にただ頷くだけだった。
こうして、何とか無事に出発した。
そりゃそうだろう。
なんせ顔見知りが半分以上いるのだから。
だからーー学校生活の一大イベントでもある修学旅行は、すんなり楽しみにできる。
クラス替えをしたばかりの初顔合わせメンバーで、一体どうやって旅行を楽しめと言うのだ。と、内心腹立たしく思っていた日程なのだがーーその点は考慮されているのだろうか。それともただの偶然か。
とにかく、自分にとってはプラスに捉える事が出来そうだ。
進路についても少し自分なりに落ち着いたので、目の前の楽しみを味わう余裕がある。
「……という訳で今年の修学旅行は、北海道でのスキー体験二泊三日だ。」
しおりを配りながら担任が説明する。
教室がざわめく。
ざわめいた理由は良く見て半々といったところだろうか。
いや、個人的主観を考慮するなら八割は否定的な溜息に聞こえる。
スキー好きにはたまらない内容だろう。
そうでない者にとっては苦痛以外の何物でもない。
「……北海道は魅力的だけど二泊三日スキーって合宿じゃん」
私のぼやきに、前に座るユキがうんうんと同意する。
「せっかく行くなら観光にしてほしかったなぁ」
確かにこの時期にスキーをするなら北海道しかないだろう。
ギリギリ春スキーという訳か。
でも他にいくらでも行き先や内容はあったはずだ。
「自由時間までスキーとかマジやってらんない」
そうボヤいたところで今更変更される訳もなく。
せめてもの救いを部屋割りのメンバーに見出すしかなかった。
基本は全て班行動となっている。この班決めが一番重要だ。
幸い、このクラスは自由に班割りをしても良いと担任が言った。
皆で一斉に拍手をして各々でグループを組む。
「麻衣、もちろん一緒だよね?」
ユキが後ろを振り向いて私に確認する。
もちろん、と私が頷いた所に
「あたしらも、だよね?」
加奈と美羽が顔を出す。
この二人も同じクラスだ。なんと有り難い事だろう。
大したもめ事もなく、綺麗に班分けが出来たようで。
先生いわく5、6人で班を作って欲しいと言っていたのだが、大した問題ではなかったようだ。
「じゃこのメンバーで行動するように。基本は班行動だが、スキー実習については2〜3班単位での行動になるだろうからその辺も考えておきなさい」
はーい、と適当な返事をして。ホームルームは終了する。
「よかった!このメンバーでまた夜を過ごせるなんてねー」
「夏を思い出すねー」
「スキーは乗り気じゃないけど我慢するか」
キャッキャとはしゃぐ加奈と美羽の前で、私は両手を上げて大きく伸びをした。
ユキがそれを見て頷きながら苦笑いをしていた。
この時はまだ、修学旅行なんてただの団体行動だと思っていた。
皆がどうしてこんなにソワソワしているのか、よく分からなかった。
私だけが幼かったようだ。
それでも、旅行という非日常的なイベントはやっぱり楽しみで。
あれを持って行こうコレは使うだろうか、などと
しおりを見ながらあれこれ考えるのが楽しかった。
なのに。
あぁなんという事だろうか。
直前にして私は流行の風邪をもらってしまったようだ。
出発まであと3日という所で。
40度の発熱。
参った。
日頃の行いが悪いのだろうか。
そんなハズはないと思いたい。
運が悪かった、それだけだ。きっと。
『麻衣ー大丈夫!?』
ユキが心配してメッセージを送ってくれる。
スキーは乗り気じゃないと言ったが
修学旅行自体は行きたいのだ。
それなのに。あぁそれなのに。
『おーいみやのっちー生きてるかー』
松田からもメッセージが来た。
『ヤバイ死にそう』
とだけ二人に返事しておく。
もうスマホを持つ事すら煩わしい。
その後、何度か電話の震える音が聞こえたけど
出る余裕もなく。
私はひたすら熱にうなされ、ただただ目を閉じた。
結局、熱が下がったのは
前日の午後。
「麻衣、明日の修学旅行……どうする?」
母が困ったように訪ねる。
答えはもちろん
「行くに決まってる。熱上がっても行く」
こうなりゃ意地だ。
何が何でも行ってやる。
最後の修学旅行なのに、こんな事で参る私ではない。
担任が心配して電話をくれたようだ。
母が電話越しに何か話し込んでいる。
「……先生から電話あったけど、一応本人は行くつもりですって言っておいたわよ。」
「ん。ありがと。今から用意するよ。」
「アンタ、病み上がりで寒い所行くんだから気をつけなさいよ」
「分かってるって」
適当に返事をして。
少し気怠さの残る身体を起こし、カバンを引っぱりだして荷物を詰める。
そういや電話、と思い出してディスプレイを確認する。
色んな友達からのメッセージがありがたい。
着信まであるようだ。
「誰だろ……?」
ユキや松田の名前が並んでいる。
メッセージに返事がないから電話までしてくれたようだ。
そしてーー最後に表示された名前に思わずドキリとする。
「……野々村……」
掛け直すべきなのか迷いながら
先に友達からのメッセージを確認する事にする。
いつもの癖ーー面倒は後回し、だ。
ユキと松田、それに加奈や美羽をはじめ、他のクラスの友達からもたくさん連絡が来ていた。
こういう時、友達のありがたさを感じる。
皆、心配してくれてるんだ。
明日こそ元気な顔を見せないと。
ふと、最後に野々村からもメッセージが入ってる事に気付く。
『松田から聞いたぞー風邪らしいな。早く治せよー』
時間を見る限りでは着信後のようだ。
きっと電話に出ないからメッセージにしたのだろう。
慌てて掛け直さなくてよかったようだ。
たったこれだけの連絡なのに、
どうしてこうも、心があったかくなってしまうのだろうか。
彼にとってはごく普通の、松田たちと何ら変わらない言葉なのに。
こちらの勝手な都合でいいように解釈してしまう。
病み上がりのせいだと思っておく事にする。
荷物を整理し、明日の準備をする。
明日は絶対、行けますように。
そして翌日。
熱が上がる事もなく、スッキリと目覚めた私は
予定どおり学校へ向かった。
「麻衣!治った!?」
私の姿を見かけるなり一番に飛びついて来たのはユキだった。
「……ごめんねーなんとか治った。まだフラフラするけど」
昨夜、久しぶりに食べ物を口にしたのだ。
今朝もいつもより軽めの食事。
それにずっと寝ていたから体力の減りが半端ない。
丸2日寝込んだだけでこうもフラフラするとは。
「やっぱ体力作りは必要だね。」
はは、と苦笑いしていると
「みやのっち来たー!!おはよー」
加奈と美羽も飛んでくる。
その騒ぎを聞きつけて他のクラスメイトも皆声を掛けてくれる。
「復活した!?よかったー!」
「これで全員参加だね!」
「ホント間に合ったよかったなぁ。でもマジで大丈夫なのか?病み上がりで遠出スキーとか」
松田が心配してくれているようだ。
コイツは意外と優しいなと思う。
「イケるイケる。バスも飛行機も座ってるだけだし、スキーはヤバかったら部屋で昼寝でもするよ」
あはは、と軽く返事して。
いつも通りを心がける。
病み上がりなのはこの際仕方ない。
平気なフリをすればそれに身体も馴染んでくるものだ。
過去の経験からしてそうだと思っている。
「無理すんなよー倒れたらシャレならんぞー」
松田が冗談ぽくそう言って小突く。
「だーいじょうぶだってば!そんなヤワじゃないっての!」
「そうだよ松田、心配しなくても私がちゃんと見てるから」
ユキが私の肩を掴んでニッコリと言う。
なんか、怖いんですけど姉さん。
そのまま彼女は私に顔を近づけて
「雪の中でひっくり返るのだけは勘弁してよ。大変だから」
私は彼女の迫力にただ頷くだけだった。
こうして、何とか無事に出発した。