いちばん、すきなひと。
冗談か本気か。
「…………え」

私は松田の横顔を見た。
彼はこちらを向くことなく、そう告げたのだ。

意味が、分からなかった。
彼が、何を言っているのか。

私は松田の言葉の真意を測り損ねて
ただポカンと口を開けたまま、彼の次の言葉を待った。

「…………」

彼は何も言わない。
周りの騒音が消えた。
この感じ、前にもーー

不意に、私のほうに顔を向けた。
じっと見つめる目が、少し怖くて。
私はもう一度、彼が何を言ったのか聞き直したかった。

けれど。

「……何そんな顔してんだよ」
無愛想に告げられたそれは、私を更に硬直させる。
私は必死で声を出したが、すぐに彼の言葉にかき消された。

「……だって松田、今何言って」
「好きだって言ったんだよ、みやのっちの事が。付き合ってくれる?」

「まさか。冗談でしょ」
そうとしか思えない。
ここで私が真に受けるのを見て、バカにする気じゃないだろうか。

「冗談で言うかよ、こんな事。みやのっちと付き合いたいんだよ俺は」
私にはどうも彼の言葉がピンとこなかった。

さっきは少し、本気かと思ったけれども。
少し冷静になるとすぐに、周りの騒音が耳に戻ってくる。

あの、独特の空気感は
一瞬だったのだ。
きっと気の迷いだ。魔が差した、とかそういう類いの。

どちらにしろ、私は松田とは付き合えない。
それだけは確かだ。

「悪いけど無理」

素直にそれだけ告げた。
どうにも、彼とシリアス展開なんて想像できない。
今もこうしてこんな話しているにもかかわらず、周りの雑音の酷い事といったら。

「マジかよーみやのっちならオッケーしてくれると思ったのになー」
「どういう事だよそれ」
「俺さみしーんだよーこんな所まで来てヤローとばっかりつるんでさー」

ほら、そんな事だろうと思った。
私なんて、そんなモン。

少しでも本気に取ろうとした自分が恥ずかしくなった。

「やっぱりね……そんな都合いいオンナにはなりませんよーっだ」
私の言葉に彼はクスリと笑い
「ちぇ、残念。絶対うまくいくと思ったんだけどなー」
と、ボヤきながら膝に額を押し付けて顔を伏せた。

冗談なのか本気なのか、まったく分からないまま。
私は深く考えない方がいい事だけを確信して
また視線を前にいる野々村に向けた。


その途端、野々村もこちらを見ていたようで
ふいに目が合ってしまう。
なんというタイミングだろうか。

気まずい。

こちらの話など聞こえもしなかっただろう
だけど
私の心はモヤモヤしたままで。
逃げ場を探すように見た彼に、自分の心を見透かされた気がした。


思わず目を反らして。
ユキを探す。
この場から動いたほうが良さそうだ。

まわりをさりげなくキョロキョロと見て
ユキの姿を見つける。
「あ、ユキ発見」
私はそう言って立ち上がり、彼女の元へ行こうとした。

「待ってる」
私の足元で彼はそう言った。

「……オマエが頷くまで、待ってるからな」

「……待たなくていいよ。無理だから。」
彼の台詞が本気なのかどうか、どうでもいい。
どちらにしろ、彼の言葉を受ける気は無い。

「それでも、待ってる」
どうしてそんな風に言うんだろう。
どうして。

私たち、今まで楽しく友達でやってきたのに。
そう考えてーー自分の事を思い出した。

私も。同じではないか。



きっと。私が野々村に告白しても
同じ事になっているだろう。
何故そんな事を言うのか、と。

その時、あ、と何かが閃いたように、理解した。


理由なんて、ない。
ただ、伝えたいだけ。

確かに、本音を言えば
好きな人とはもっと仲良くなりたいし、付き合えるモンならそうしたい。

だけど、それが叶わない事だとしても
知っていてほしいんだ。
自分が、こうして想っているという事を。

見返りを強要する訳でもなく。
だからどうしろって事じゃない。

ただ、聞いてほしいだけ。
たった、それだけ。



「……松田。」
私は立ったまま、こちらを見ようとしない足元の彼に向かって告げた。

「ありがとう……分かったよ私。」
「……何が」
「気持ちって、最初はただ想うだけなのにさ。やっぱ伝えたくなるんだよね。知ってほしいって。」
「……誰の話だよソレ」
「私の話。」

彼は顔を上げて私を見た。
私も見つめ返す。
「松田、ありがとう。私……やっと分かった。想いを伝えるって、やっぱり大事なコトだね」
「なんじゃそりゃ」
「何でもない、私の話。だから……やっぱ松田とは今までどおりだわ。」
「……そっかぁー、残念。でも俺は諦めないよ」
「どうぞお好きに。私も私なりに自分の道を行くよ。」

私は、ユキの元へと足を運んだ。
松田はじっと、そこに座っていた。


「あー麻衣じゃん、どこ行ってたのさ。さっきのゲーム面白かったよね。」
「え?あーごめん、それ私参加してないや。そんなに面白かったの?」
私はさりげなく彼女たちの会話に入り、最後のゲームに参加し
無事にオリエンテーションを終えた。



会場を出て各自部屋に戻る。
ユキたちと先ほどの感想について話しながら歩いていると。

「みやのっちー」
後ろから肩を叩かれる。
人差し指が頬に当たりゃしないかと用心しながら私は振り向いた。

「……どんだけ警戒してんだよオマエは」
野々村は呆れて私を見下ろす。

少し見ない間に、背が伸びたね。
どんどん、私の知らないひとになっていくね。


「……お誉め頂き光栄ですわ。」
オホホ、と手を口に当ててわざとらしく笑う。
あとどれだけの間、こうして
野々村と会って話ができるのだろうか。

二人で会える時間は、また来るのだろうか。

「で、何?」
「さっき松田と何か話してただろ。何の話だよ。」
「はぁ?」

私はすっとんきょうな声を出した。
何故それを聞かれるのか。

「……別にたいした話じゃないよ。世間話だから細かく覚えてないってば」
何かと思えば、くだらない。
松田との事はあまりコイツに突かれたくない。
私はそれじゃと手を振って、部屋へ戻ろうとした。

「何かマジメな顔してたじゃん、二人とも」
「……あんた、コンタクトしてるだけあるね。よく見えてるんだ」

どんだけ見てたんだ、と驚きながらも
自分の事を気にかけてくれたのかと嬉しくもなる。
松田とセットだったので他意はなさそうなのが残念だが。

「あったりめーよ、俺様を誰だと思ってるんだ。ーーで、何の話だったんだよ。教えろよ」
「なんで言わなきゃならないんだよ。アンタ関係ないでしょ」
「オマエと松田の話なら俺も入っていいじゃねーか」

どういう理屈だ。

「まぁ、青春について話し合っただけだよ。私じゃなくて松田に聞きなよ。」
「青春?なんじゃそりゃ。ますます気になるじゃねーか。松田どこだよ。」
「知らないよ。じゃ、またね」

私は話を切り上げた。
松田との事を知られたくない。
彼が私に何と言ったのかなんて、知らなくていい。

きっと、松田もホイホイそんな話をしないだろう。
そろってネタにされるに決まってるからだ。


こうして。修学旅行の楽しい夜はあっという間に過ぎた。
女子のピロートークもそれなりに楽しかったのだけど。
私とユキにとっては、あの海で過ごした夜のほうが濃い思い出だね、という話に落ち着いた。
< 65 / 102 >

この作品をシェア

pagetop