いちばん、すきなひと。
保健室のドアが閉まる音がして
野々村はスッと席を立ち、カーテンを閉めてベッドに寝転んだ。

俺は深いため息を吐いた。
とにかく、疲れた。
膨大なエネルギーを使った気がする。

かといって、カーテン越しとはいえ
野々村の隣に空いているもう一方のベッドに転がる気分にもなれず。

俺は腕を組みパイプ椅子の背もたれに体重を預け、
座ったまま寝る体勢を取った。
即座に睡魔がやってくる。
昼飯食った後だしな。

もう、さっきの出来事なんて忘れていた。
どうでも良かった。
考えたくもないほどに、疲れた。



どのくらい、そうしていたのだろうか。
ふいに、アイツの声が耳に届いた。
「……なあ」

返事をするのももどかしく、黙って睡魔に身を委ねる。
「おい、寝てんのかよ」

ベッド使ってるのはお前だろ、と心の中でボヤいて
俺はまだ、目を閉じたまま眠る。
今更話すことなんて、ないだろう


あの時、何を言い合ったかなんてもう覚えてない。
だけど、ひとつだけ分かったのは

野々村は、みやのっちに対してもそうだけど
俺のことも、ただの友達だったという訳だ。
そんなモンか。

俺も確かに、アイツに相談なんてしたこと無いしな。
別に、悩みを言ってくれとか思うわけじゃない
そんな女々しい話じゃない
だけど
アイツはいつも、本心が見えなくて
いつも表面的に取り繕っている雰囲気がある。

それが、昔はカッコイイと思ったこともある
きっと、余裕なんだなと。

だけど今はーーーそれは逆に
模範的な解答や言動で、周囲を沸かせて
本心を隠しているんじゃないかーーーー
そう、思えたんだ。

ただの思い込みかもしれない。
本当に、アイツはそんなヤツなのかもしれない。
だけど俺にとっては、そんな事はどうでもいいことだ。

アイツが結局、選んだのはーーーーー


「……まあいいや、どうせ聞いてんだろ」
勝手に決めるな、と思いながらも
返事をするのも億劫で
俺はそのまま、耳を澄ませた。

野々村はため息を吐いて
「……悪かったよ」
そう、呟いた。

一体、何の話だろうか。

「……最初は何言ってんだと思ったけどさ。一理あるわ、お前の言い分。」
俺は自分がアイツに何て言ったのか、あまり覚えてない。
相当、頭に血が上っていたんだろう。

でも、とりあえず。
俺の伝えたいことは、アイツに伝わったみたいだ。
なら、もういいか。
そう思った時、野々村の声が続いた。

「ーーーいつも肝心なとこから逃げるって言われた時、ちょっと刺さった」
いつもより声が、弱々しく聞こえる。
「自覚なかったけど、言われて気付くこともあるんだな……そういう意味で、悪かった。」

そういう意味、とは
よく分からないが。
突っ込んで聞くこともできず、俺はただ黙って聞いた。

アイツの、本音
少しだけ聞こえたのかも。

似てるのかもね、お互いに。
だからこそ、通じ合うのに
うまくいかない。

誰とーーーとは言わないけど。
少しだけ、嫉妬する。

俺は、そんな風になれない。
だからこそ、腹が立ったんだ。

ちょうどチャイムがなり、6限が終了したようだ。
もうすぐ先生も戻ってくるだろう。
教室に戻るのは気がひけるし、このまま放課後まで潜伏しよう


「……おい、なんか言えよ」
「ん?」
気を抜いていたようだ。
条件反射のように、普通に返事してしまった。
「てめえコラ、やっぱ起きてたんじゃねえか!」
カーテンをザッと開けて野々村が出てくる。

「お前が勝手に寝てると思ってベラベラ喋ったんじゃねーかよっ」
「るせー!俺ひとり喋って恥ずかしいじゃねーか!!」
「知らん」
「クソ……」

なんとなく、おかしさがこみ上げる。
良かった、アイツもちゃんと、高校生だった。
もっと大人ぶってるのかと思ったら
アイツなりに、必死なんだな。と

「いやー俺と同レベルってのが分かってホッとした」
「どこが」
野々村は忌々しそうに俺を睨む。
俺は、楽しい。

試合の時のように
なんとなく、二人で拳を合わせて
「これでフェアだな」

さて、帰る準備でもしようか。
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