いちばん、すきなひと。
変わらない自分と、変わった自分。
あの日、野々村と映画を見た後
会員登録の手続きをして。

自然な流れで
近くのコーヒーショップに立ち寄り、映画の感想を話した。

一緒に映画を見たことなんてもちろん無かったワケだけど。
感想を聞いてると、同じところで同じように思っていたり
感動した場面やセリフが同じだったり。
なんだか少し価値観が似てる気がして嬉しかった。
今更だけど親近感が湧く。

ついでに近況報告も少し
「なあ、みやのっちは美術の専門行ったんだっけ?」
「そう。デザイン系だからほとんどそっちだけどね」
「じゃあ、絵はもう描いてねえの?」
「うーん、美術部に居た時みたいなのは描いてないなあ」
「そうなんだ。なんか勿体ねえな」

勿体ない
そんな風に言ってくれるのが、嬉しかった。
同時に、描いてなくてごめんねとも思う。
私も、ずっと絵を描いていたかった。
なかなかそういう訳にもいかないもんね。

彼のそういう、何気ない一言がいつも
少し、胸に刺さる。
久しぶりに会っても変わらないなあと思ったり。
そういう自分も少しだけ許せるようになった。

好きだったんだから、しょうがない。

「野々村は、大学生活楽しんでる?」
「おうよ。毎日遊んでばかりだけどな」
「だよね〜学生なんて遊んでナンボだよね〜」
「そうそう」
嬉しそうに笑う彼を見て、やっぱり心が弾む。
ああ、好きだなあ。なんて。

「でも、みやのっち偉いよな。ちゃんと自分の得意分野を将来に活かそうとしてるんだろ?」
「そんな立派なモンじゃないよ。好きなことしかやりたくないだけ」
「いいじゃん、好きなこと思いっきり出来る環境ってのも」
「だよね」

相変わらず話のテンポが良くて話しやすい。
あっという間に時間が経つ。
帰りも家の前まで送ってもらった。

彼がうちの前に来たのは何年ぶりだろうか。
そんな風に思ったのも束の間。

「じゃ、またな」
彼はそう言って帰る。
「うん、今日は誘ってくれてありがとね」
「おう、また次のやつな!忘れんなよ?」
「大丈夫〜予定開けとく」
「よし」

彼が何をどう考えてるのかなんて気にせず
そんな会話が気軽に出来るのも
爽やかな気持ちで彼の背中を見送ることが出来るのも
ちゃんと気持ちを伝えて自分なりに歩み出したから。
あの時の勇気は、私の宝物かもしれない。

少しだけ懐かしい風が、私の頬を撫でる。
そんな、夕暮れだった。


***


「ーーーよし。」
鏡の前で、最終チェックをする。
いつも通りだけど、少しだけ意識して。
お気に入りの香りをつけて、家を出る。

今日はあの日から二週間後の、約束の日。
その間まったく連絡無いのが彼らしい。
唯一入ったメッセージと言えば
お昼の都合がつかないから、夕方の上映にしようということ。

でも、ちゃっかり先に来て待っているんだろうなと思うと頬が緩む。

そんな風に思いながら、いつもより軽い足取りで駅に向かう。
外はあの日のように、夕日が射していた。
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