いちばん、すきなひと。
野々村の言葉はいつも、わからない。
約束の時間より少し早かったけど
やっぱり、彼はそこに居て。

「よー」
前と変わらず、ごく普通に挨拶を交わす。
「お待たせ」
「まだ待ち合わせ時間より早いけどな」
「そだね」
はは、と二人で笑いながら
ついこの間と同じように、映画館へ向かう。

「この映画の俳優、カッコイイよな」
「そうそう、他の映画でも主演してるよね」
二人で今日見る映画の話題で盛り上がる。
ああ、やっぱり彼と話すのは楽しい。

乙女心なんてどこへやら、というほどに
ガッチガチのアクション映画だったけれど。
二人で夢中になって観賞した。
それでもラストは感動する展開で
エンドロールが流れた後、二人で軽く伸びをしながら
「あー、良かった」
同時に言った言葉が同じで、笑ってしまう。

野々村の隣はどうして
こんなにも居心地が良いのだろうか。

だからどうなるわけでもないけど。
ただ、楽しい。

映画館を出て、時計を見る。
「腹減ったな。どこか入るか」
帰りの時間は大丈夫か、と確認されて
当然のように頷く。
友達とご飯に行くのは、よくあることだ。

人通りの多い商店街を、二人でブラブラと歩く。
「……あー、そういやもう少し行ったところにイイ店あるわ」
「へえ、詳しいんだね」
「まあな。元バスケ部の奴らとこの辺でよく飯食ったりしてるから」
「あ、まだつながりあるんだ。いいなあ」
成人式の時に群がっていたメンバーを思い出す。

「アイツらとだけだな。今でも連絡取ってるの」
野々村はそう言って、嬉しそうに目を細めた。
「地元で飯食ったらさ、終電とか気にしなくていいじゃん?そしたら朝までカラオケ行こうって」
「うわー、楽しそう」
「楽しいべ」

今度お前も来るか、なんて言うけど
そのノリ、今も変わらないんだね。
「じゃあ、そんな機会があったらね」

適当に返事をする。
昔の自分なら、真に受けていたかな。
懐かしい。

「じゃ、誘うから覚悟しろよ」
「マジで?笑う」
「みやのっち歌うまいしな。大丈夫だろ」
「どういう意味」

懐かしい話題を出され、思わず笑う。
そんな話で盛り上がっていた時、前から来た人と
思わずぶつかりそうになる。
「おい、危ねーぞ」
ふいに、腕を引かれて
彼との距離が近くなる。

「あ、ごめん」
「ったく、鈍臭いところは相変わらずだな」
「すみませんねー、瞬発力なくて」
「そんなとこ進化してたら驚くし」
少しだけ、ドキッとした。
いや、かなり心臓は波打っている。

ふいに、そういう事をされると
女扱いされてるんじゃないかって勘違いしちゃうから。

顔が赤くならないように、意識を他のところに逸らそうとした時
「ちょっとー、お兄さんたちどこ行くの?」
酔っ払いが後ろから声をかけてきた。
「ナイショ」
野々村は振り返る事もなくそっけなく返事する。
「えー隣のカノジョ、君のコレ?」

うわ、めんどくさい。
私は露骨に嫌な顔をしそうになった。
その時
「そーそー、イイ女っしょ」
酔っ払いに振り返り、野々村は言った。
「だから、邪魔しないでね。オッサン」

行くぞ、と小さく声をかけられて
少しだけ足早に前を進んだ。
もう、付きまとわれる事もなかったけど
私はそんな事より
彼の言葉が、嬉しかった。
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