いちばん、すきなひと。
内定祝いの夜
少し早いバレンタインをやり過ごし、私の心はすっかり満足しきっていた。
就職活動や卒業制作等に追われて、それどころではなかったのかもしれない。
ひととおりイベントが片付き、気づけば日差しが柔らかくなっていた。
「マイ、内定おめでとう!」
サオリの部屋で二人、グラスを合わせる。
近くのスーパーで買ってきた、適当な惣菜とワイン。
二人で祝杯をあげるには十分な内容だった。
「あ〜春から社会人か〜」
グラスを揺らし、香りを楽しみながら
私は新生活への想いを馳せる。
大人なんて、遠い世界の出来事だと思っていたけれど
いざこうして目の前に立ってみると、何の実感もなく。
結局のところ、年齢なんてただの目安でしかなくて
社会人からすれば私はまだ生まれたてのようなモノだ。
「どんな生活になるんだろうね」
「う〜ん、大して何も変わらない気が…?」
そんなハズないでしょう、とサオリに突っ込まれつつ。
この楽しい気楽な時間もあと少しだということを噛みしめる。
「で、例の彼とはどうなってるのさ?」
サオリが早速と言わんばかりに話題を振ってきたけれど。
「別に、何も期待するような話は無いよ」
私はグラスに入っていたワインを全て飲み干し、新しいボトルを開ける。
閉店前のスーパーで買い込んだスモークチーズが思った以上に美味しくて
今夜は酒が進みそうだ。
「またまた〜連絡は取ってるんでしょ」
「んー、メッセージのやり取りくらいかな」
忙しくて遊ぶどころじゃなかったし、と付け加える。
なるほど、とサオリが頷いて
「じゃあさ、内定決まったって連絡すれば?」
「もうしたよ」
「え」
アッサリと即座に返答したせいか、彼女は少しの間固まっていた。
「……そう、彼は何と?」
「おめでとーって」
「……それだけ?」
「イエス」
そう、そんなモンなのだ。
私と野々村だ。
今更そんなキラキラした話でもなかろう。
「何それーもっとホラ、お祝いにご飯行こうとかって」
「うーん、どうなんだろうね」
私は苦笑しつつ、新しいチーズの箱を開ける。
この話題をサッサと終わらせたかった。
やっぱり、あの時のチョコレートは
彼に変な気を使わせてしまったのだろうか。
今でもそんな気持ちでいること自体が、重いんじゃないだろうか
そんな、後悔のような罪悪感のような靄が心に霞む予感がして
私はそっと、その考えに蓋をした。
私は、自分で決めて
彼に気持ちを伝えた。
それだけで、いいんだ。
「とーにーかーく!今夜は飲むぞ!!」
「おー」
私は努めて明るい声で、叫び
彼女に新しいワインを注いだ。
楽しい夜の始まりだった。
***
あれから
どのくらい飲んで語っていたのだろうか。
さほど長くも生きてないけれど
それなりに人生を振り返って得た答えや考えを話し合い
よく分からないような価値観にお互い共感し頷き
何本のボトルを空けたのか、全く記憶にない。
窓から差し込む光で、朝だと脳が判断する。
「……んー?」
見慣れない天井に、ここが何処だったのかを必死で思い出す。
ああ、サオリの部屋だ。
昨日散々飲んでーーーーー
おもむろに、喉の渇きを感じ
手元のペットボトルを開ける。
水を少し飲み、目が覚めてきた。
サオリはまだ、寝ている。
とりあえず時刻を確認しようと、スマホのホームボタンを押す。
その途端
プツッ
「えっ」
何か手首に違和感がと思った次の瞬間には
バラバラとたくさんの粒が足元に転がった。
「うそ……」
その音で、サオリが目を覚ます。
「今の音……なに……?」
ついこの間、野々村にもらった大事なブレスレットが
跡形もなく、手首から落ちていた。
「ど、どうしよう……」
とにかく拾い集めて、側に置いていた化粧ポーチに
ジャラジャラと入れていく。
「うわー、朝からタイヘン」
サオリも寝ぼけ眼で手伝ってくれた。
なんとか、全てを拾い終えたところで
「ごめん、ありがとう」
サオリにそう伝えて、軽くなってしまった手首にそっと手を添えた。
「何の知らせだろうね」
彼女は伸びをして立ち上がると、キッチンでコーヒーを淹れはじめた。
それを後ろからボンヤリと眺める。
「……知らせ、なのかなあ」
願掛けするといい、って言ってた彼の声を思い出す。
何をお願いしたんだっけ?
ああそうか、それすら忘れてしまったから
もう用済みだと神様が思ったのかな
それとも……?
「新しいスタートを切れってことじゃない?」
サオリがコーヒーを持ってこちらにやってきた。
「スタート?」
マグカップを受け取り、その温かさにホッとする。
確かに。
内定も決まったし、新生活が始まる。
そう思う方が気楽かもしれない。
「……そうだね。ありがと」
私はコーヒーを飲み終えると、途中で開き損ねたスマホの画面を再度見た。
「あれ…」
未読メッセージの通知。
送信者は、野々村。
なぜこのタイミングなのだろうか、と
複雑な思いでメッセージを開く
『みやのっち、今日の夜ヒマ?』
就職活動や卒業制作等に追われて、それどころではなかったのかもしれない。
ひととおりイベントが片付き、気づけば日差しが柔らかくなっていた。
「マイ、内定おめでとう!」
サオリの部屋で二人、グラスを合わせる。
近くのスーパーで買ってきた、適当な惣菜とワイン。
二人で祝杯をあげるには十分な内容だった。
「あ〜春から社会人か〜」
グラスを揺らし、香りを楽しみながら
私は新生活への想いを馳せる。
大人なんて、遠い世界の出来事だと思っていたけれど
いざこうして目の前に立ってみると、何の実感もなく。
結局のところ、年齢なんてただの目安でしかなくて
社会人からすれば私はまだ生まれたてのようなモノだ。
「どんな生活になるんだろうね」
「う〜ん、大して何も変わらない気が…?」
そんなハズないでしょう、とサオリに突っ込まれつつ。
この楽しい気楽な時間もあと少しだということを噛みしめる。
「で、例の彼とはどうなってるのさ?」
サオリが早速と言わんばかりに話題を振ってきたけれど。
「別に、何も期待するような話は無いよ」
私はグラスに入っていたワインを全て飲み干し、新しいボトルを開ける。
閉店前のスーパーで買い込んだスモークチーズが思った以上に美味しくて
今夜は酒が進みそうだ。
「またまた〜連絡は取ってるんでしょ」
「んー、メッセージのやり取りくらいかな」
忙しくて遊ぶどころじゃなかったし、と付け加える。
なるほど、とサオリが頷いて
「じゃあさ、内定決まったって連絡すれば?」
「もうしたよ」
「え」
アッサリと即座に返答したせいか、彼女は少しの間固まっていた。
「……そう、彼は何と?」
「おめでとーって」
「……それだけ?」
「イエス」
そう、そんなモンなのだ。
私と野々村だ。
今更そんなキラキラした話でもなかろう。
「何それーもっとホラ、お祝いにご飯行こうとかって」
「うーん、どうなんだろうね」
私は苦笑しつつ、新しいチーズの箱を開ける。
この話題をサッサと終わらせたかった。
やっぱり、あの時のチョコレートは
彼に変な気を使わせてしまったのだろうか。
今でもそんな気持ちでいること自体が、重いんじゃないだろうか
そんな、後悔のような罪悪感のような靄が心に霞む予感がして
私はそっと、その考えに蓋をした。
私は、自分で決めて
彼に気持ちを伝えた。
それだけで、いいんだ。
「とーにーかーく!今夜は飲むぞ!!」
「おー」
私は努めて明るい声で、叫び
彼女に新しいワインを注いだ。
楽しい夜の始まりだった。
***
あれから
どのくらい飲んで語っていたのだろうか。
さほど長くも生きてないけれど
それなりに人生を振り返って得た答えや考えを話し合い
よく分からないような価値観にお互い共感し頷き
何本のボトルを空けたのか、全く記憶にない。
窓から差し込む光で、朝だと脳が判断する。
「……んー?」
見慣れない天井に、ここが何処だったのかを必死で思い出す。
ああ、サオリの部屋だ。
昨日散々飲んでーーーーー
おもむろに、喉の渇きを感じ
手元のペットボトルを開ける。
水を少し飲み、目が覚めてきた。
サオリはまだ、寝ている。
とりあえず時刻を確認しようと、スマホのホームボタンを押す。
その途端
プツッ
「えっ」
何か手首に違和感がと思った次の瞬間には
バラバラとたくさんの粒が足元に転がった。
「うそ……」
その音で、サオリが目を覚ます。
「今の音……なに……?」
ついこの間、野々村にもらった大事なブレスレットが
跡形もなく、手首から落ちていた。
「ど、どうしよう……」
とにかく拾い集めて、側に置いていた化粧ポーチに
ジャラジャラと入れていく。
「うわー、朝からタイヘン」
サオリも寝ぼけ眼で手伝ってくれた。
なんとか、全てを拾い終えたところで
「ごめん、ありがとう」
サオリにそう伝えて、軽くなってしまった手首にそっと手を添えた。
「何の知らせだろうね」
彼女は伸びをして立ち上がると、キッチンでコーヒーを淹れはじめた。
それを後ろからボンヤリと眺める。
「……知らせ、なのかなあ」
願掛けするといい、って言ってた彼の声を思い出す。
何をお願いしたんだっけ?
ああそうか、それすら忘れてしまったから
もう用済みだと神様が思ったのかな
それとも……?
「新しいスタートを切れってことじゃない?」
サオリがコーヒーを持ってこちらにやってきた。
「スタート?」
マグカップを受け取り、その温かさにホッとする。
確かに。
内定も決まったし、新生活が始まる。
そう思う方が気楽かもしれない。
「……そうだね。ありがと」
私はコーヒーを飲み終えると、途中で開き損ねたスマホの画面を再度見た。
「あれ…」
未読メッセージの通知。
送信者は、野々村。
なぜこのタイミングなのだろうか、と
複雑な思いでメッセージを開く
『みやのっち、今日の夜ヒマ?』