いちばん、すきなひと。
本音
ブランコに立ったまま、空を見上げて
野々村はいつもより少しだけ低い声で、独り言のように話した。

「あの時はさ、何も考えてなくて……ただ、みんなでワイワイやるのが楽しくてさ」
「……うん」
そうだね、と相槌を打つ。

「誰それが好きだとか付き合うとかって、全然分かってなかった。興味だけは一人前なのにな」
最後の一言にふふ、と笑ってしまう。
彼もつられて、笑っている。

私も、彼の隣のブランコに座って
星空を眺めた。

「……お前さ、チャリの後ろ乗れって言ったのに断っただろ」
突然そう言われて、ギクリとした。
「……あれは」
言い訳しようとしたけど、彼の声にかき消される。
「俺さー軽くショックだったんだけど」
「え?」
「嫌がられてんのかと思った」
「まさか」

「だってさフツー、好きなヤツしか後ろ乗せねーべ?」

青少年のココロ察してくれよ、なんて茶化して言うけど
私の耳には届かなかった。

今、なんて


野々村はブランコから飛び降りると、前にある柵に腰をかけてこちらを見る。
「だからさ、てっきり俺は対象外なんだと思ったってコト」
「…………」
声が、出なかった。

今更だけどな、と付け加えて
彼は話を続ける。
「最初にそう思ったら、もう踏み込む勇気なんて無くてさ。俺はただの友達でいいやって」
「そんな……」
「話も合うし一緒にいて楽しいし、そんな間柄で十分だと思ってた。だけど」

私を見るその目が、少しばかりいつもと違う気がして
反らすことができなかった。
「居心地良すぎて……分からなくなったよ」

もう一度、彼は空を仰ぐ。
「高校でお互い成長すれば、そんなことも曖昧になるかと思ってた。なのにさ……」
私はこらえきれず、下を向いた。
彼の言葉が、降りかかる。
「もっとややこしくなっちまったな。」

「……うん」

我慢できない。
視界がぼやける。

「俺はさ……お前の……みやのっちの、親友とかそういうのになりたかったのかもしれない」
「うん」
「松田が居てくれて……尚更、三人でそういうのが続けばいいやって思ってた。思うようにしてた」
「うん」
私は、頷くことしかできない。

思わず、ズズッと鼻をすすりあげる音を聞かれてしまい
「……なに泣いてんだよ」
「別に」
はぁ、とため息を吐く音が聞こえ。
目の前に影が落ちる。

「……他に色々話そうと思ってたんだけど」
「うん」
「忘れた」

え、と顔を上げた時。
ふわり、と真正面から抱きしめられる。

「……好き、なんだ」
「!」

思いがけない言葉を聞いて、心臓が口から出そうになる。
そのまま彼は、耳元で追い討ちをかける。

「あの時はダメだと思ったんだ。俺たちはこのままの方がいいと思ってた。だけどーーー」

あの時とは、きっとーーー
並木道で気持ちを伝えたときの。

「離れれば離れるほど、お前の存在の大きさが分かって……ほんと、今更なんだけどやっぱり手放せなくて」
野々村の手に、ギュッと力が入るのが伝わる。
きっと、私の心臓の音も彼に聞こえているだろう。

切ない。
単純に、その言葉だけしか浮かばない。
ココロが、苦しい。

これまでの色々な思いが、頭の中をめぐる。

期待しないって、あれほど
何度も言ったけど

本当は、私も。



言葉にならない声が、涙と一緒に溢れ出る。
もう、なにも言えなかった。
ただ、彼の腕の中で
声をあげて、泣いた。



どれほどの時間、そうしていただろうか。



彼は優しく、背中を撫でてくれた。
あまりにも高ぶった感情はすぐに収まらず、
それでもなんとか、深呼吸をしようと意識する。

「……少しは落ち着いたか」
「ん……」

彼はそう確認すると、抱き寄せていた手を緩め
少し離れて向かい合う。

「ほんと、今更なんだけど……もし、まだ少しでも可能性があるなら。」
野々村は私の目を見て、真剣な顔で言葉を紡いだ。
「俺の隣に、いてほしい」


私、今きっと酷い顔してる。
これまでの人生で、一番カッコ悪い姿。
だけど
それでもいいと言ってくれる彼が
野々村が
やっぱり好きで、たまらなくて。


「……うん」


止まったと思った涙が、また溢れ出る。
彼は少しはにかんで、苦笑いしながら
また、抱き寄せてくれた。


数年前のこの場所ではじまった
私たちの恋は
とても遠回りしたけど
今、やっと繋がった。


きっと、今だから
通じたんだね。
お互い色々経験して、悩んで考えて。
たくさん学んできたからこそ
こうして、一緒に居られることが
奇跡なんだと思う。


少しの間、二人でベンチに座っていた。
冷静になってきて、やっと
さすがに夜は冷える、と気づいたところで
野々村がすぐそこに見える自動販売機まで走り、温かいミルクティーを買ってきてくれた。

少し温まったところで
「……先週、ホワイトデーだったろ」
「…?」
「遅くなったけど、これ」
そう言って野々村は、小さな袋を渡してくれた。


中身は、シンプルで可愛いネックレスだった。
「……かわいい」
「ブレスレットはこの間買ったしな、って思ったらもうネタ切れで」
ネタ切れって、と笑った時に

「あ、思い出した」
「なに」
「ブレスレットにかけたお願い」

そうだ。
私、あの時ーーー

(次こそは、幸せになれる恋がしたいな)

「なあ、何願ってたんだよ」
「ふふ、内緒」
「ちょ、そこまで言っといてそれは無いだろうがっ」

あはは、と笑って返したけれど
ふいに目が合いそのまま、
引き寄せられるように、唇を合わせた。

やっと、側にいられる。
「……もう、絶対離さねえ」
「離れないから大丈夫」

あまりの言葉に思わず二人で笑う。
何青春ぶってるんだと。

だけど
あの時できなかったことを
これから二人ですればいい。
そう思えた夜だった。
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