いちばん、すきなひと。
松田との喧嘩ー野々村目線4ー
翌日からも
俺は気持ちを切り替えて、いつもどおりに振る舞った。
きっとそのほうが良いと思った。
これからの二人のために。

案の定、アイツはホッとした顔で
昨日と変わらない会話をする。

これで、いいんだ。

松田も加わり、俺たちは何事もなかったかのように
学校へ向かう。


昼休み、ちょうど英語の授業前に
ワークを借りる口実を思いついた。

こうして顔をあわせるのも、あと少し。
そう思うと、少しでも接点を持っておきたいと思ったからだ。
距離を取りたいと思ったくせにもう、矛盾している。
自分でも笑ってしまう。

どうすればいいのか、自分でもよく分からない。
そんな時に、これだ。

「あのさ野々村、いい加減それ…やめたら?」

突然、何を言い出すのかと思った。
松田なりに、考えて言ったんだとは思うが、
俺にしてみれば面白くない忠告だ。

本心を悟られないように、適当にあしらおうとするが
いつもなら簡単に流される松田が、ヤケに突っかかってくる。
これはーーー本気か。

やっぱり松田も、アイツのことを。

「みやのっちのこと、何とも思ってねえの?」

前にも一度聴いたことがある、その言葉。
あの時の俺は、何もないふりをした。
あくまで、それを貫く覚悟だった。

だけど。
本気であろう松田の顔を見た途端、生半可な嘘はつけないと感じた。

「……お前には言わねえよ」

せめてもの、抵抗だった。
俺は、お前とは違うんだ。
お前みたいに、純粋にただ、好きでいられたら良かったのかもしれない。

「なんだよソレ、どういう意味…」
なおも食い下がる松田に、俺の中で抑えていたものが溢れそうになる。
「ったくうるせーなあ!お前何なんだよ、それでアイツの肩持ってるつもりか?」
「…な」
「俺がどうしようと、お前にゃ関係ねーよ」

そうだ、これは俺とアイツとの話で
松田には関係ない。

そう切り捨てて、その場を去ろうとした。
なのに

「てめぇ……!適当な事言ってんじゃねーぞゴルァ!」
襟元を引っ張られる衝撃と共に、目の前に拳が飛んできた。
勢いのままに廊下に転がる。
こんな事をされたのは、初めてだ。

「何が関係ねーだ!!いつまで周り振り回しゃ気が済むんだよ!!!」
間髪入れずに上から降りかかる松田の言葉に、違和感を覚えた。
振り回す?
俺が?

誰を?

何を言っているんだコイツは。
心外だった。

それじゃまるで俺がみやのっちをーーー

「……っざけんなよ!」

反論するより早く、手が出た。
こんなにも頭に血が登る瞬間を、味わった事がない。
そこまで言うなら俺も言わせてもらう

「お前何エラそーに言ってんだよ?アイツが自分に振り向かねえからって俺に八つ当たりしてんじゃねえよ!」

お前がみやのっちを好きな事ぐらい、とうに気付いてんだよ。
いっそ、二人がくっつけば良かったかもな
そのほうが、丸く収まっていたのかもしれない。

「そんな面倒くせー理由で俺に突っかかってくんな。」

俺はもうそこで終わりにしたかった。
これ以上、本心をさらけ出したくなかった。
なのに。

「……悪いかよ。ああそうだ八つ当たりだよ!オマエがもっと本心ちゃんと出してたらもっと楽だったよ!思わせぶりな事してんじゃねーよ!その気ねえなら期待させんなよ!!!」

拳に力を入れて、落ち着けと自らを律する。
ここで熱くなっては負けだ。
今までの努力が無駄になる。

「はっ、笑わせんじゃねー。俺がいつ思わせぶりな事したんだよ」
俺は、何もしていない。
あくまで、友達として
彼女を支えようとしただけだ。

「毎日じゃねか!今も!その態度が、お前の言動すべてじゃねえか!」

図星だった。
彼女と友達でいようと思っているのに
どうしても他のやつより一歩近い存在でありたくて
自分でも抱えきれない所を、刺された気がした。

もう、戻れない。

「思わせぶりなんかじゃねえんだよ!!!」
本気だよ。
アイツの事がーーー好きなんだ。
だけど

「はっ…、じゃあ、何なんだよ!!オマエのあの態度はいったい何なんだよ!!」

言えるわけねえだろうが
アイツに惚れてるお前になんて
そしてとうにすれ違ってしまった、アイツとの事なんて

「お前に分かってたまるかよ!!話したくもねえな!」

もう、たくさんだ。
やめてくれ。
穏便に済ませたいのに

アイツと、今までどおり
仲良くしていたいだけなんだ。

「そうやってまたお前は肝心な所から逃げるんだろうが!」

その言葉に、心臓がえぐられるような気がした。
肝心な所から、逃げる。

俺は、アイツの想いから、逃げた。
壊れるのが怖くて
いつも逃げていた。

大事な所をはぐらかすのは、アイツだけじゃない。
俺もーーー


「誰だ!こんな所で騒いでいるのは!」
「こら!やめなさい!」

怒号が聞こえ、やっと周りが見えた。
ここは、学校の廊下だ。
丸聞こえじゃないか。

どうしてくれるんだ。


だけど
収まらない怒りと、もどかしい痛みと
吐き出せない想いを落ち着かせるには
少し時間が必要だった。

俺たちは黙って、保健室へ向かった。


だけどこのおかげで
俺は少し、素直になることができた。
それだけは、感謝している。
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