私と王子様のプロローグ
分かるって、いやいやそんなこと無理でしょう。
……無理だって思わせてほしいけど、相手は蓮見先生だ。
「それでも。俺は水野さんだから言ってる」
正直恋愛から遠ざかっていたせいで、今のこの密着した距離感ですらいっぱいいっぱいだ。
なのにいきなりつき合ってくださいって言われても。けど仕事がかかってる。ああ、キャパオーバーだ。
「わ、かりました」
「そう言ってくれると思ってた。水野梓さん」
「名前知ってたんですか」
「自分の担当編集者の名前くらい知ってるよ。今日から梓って呼ぶね」
「それは構いませんけど」
「梓も俺のこと、仕事の時以外は好きに呼んで。俺の本名知ってるでしょ?」
蓮見先生の綺麗な唇で紡がれる名前は、極上の響きで。
声までも魅力的なこの人は本当に同じ人間なのか。
「夏木千尋さん、ですよね」
「そ。千尋でいいよ」
作家としての蓮見夏希。本当の名前は夏木千尋。